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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
千の夜と一話ずつのお話
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83回目 サブライムハーモニー

 森の奥深くで僕は一匹のカラスを見た。

 都市のゴミ捨て場で見るのとは違い、そのカラスはどこか幻想的に思える。

 ああ、ここが彼らの本来あるべき場所なんだ。

 僕はそう思った。


 理想郷をバーチャル体験しその中で幸せにまどろみながら苦痛もなく自殺できるシステムが合法化され、社会的に自殺を必要とする人間は社会には必要ないと判断され、次々に自殺を許可していた近未来。

 自殺が一大ブームとなり人口減少に歯止めがかからなくなってしまい政府はある政策を実行に移す。

 自殺した人間のクローン化である。


 自殺希望者はまずその記憶をスキャンし、その中の自殺に至る原因の部分を消去改変する事で人工的に正常な精神状態として記録、本人が死亡後そのクローンに記憶を描き込み以降そのクローンが死亡した人間の代わりに生きるようにした。


 周りは僕は一度も自殺していないというのだけど、なんとなく僕は何度目かの自分のような気がする。

 家族や友人の親しいのに義務的なような冷めた目と諦めたような声、彼らは恐らく僕を元々の僕とは違う他人として認識し始めているんじゃないだろうか。

 だとしたら僕は何人目なんだろうか?

 僕は一体誰として生きたらいいんだろう。


 僕は他人に見えない僕と同じ姿をしたドッペルゲンガーが街の中を歩いているのを見かけるようになる。

 以前の何度目かの僕が記憶の中で以前と同じように日常を繰り返しているのか?

 髪型や服装の好みの差異でそれが別の自分であると見分けがつくようになる。


 僕は以前の自分の人生を追いかけて、それをレポートにまとめてみる事にした。

 そうしていくうちに家族や友人がなにを隠しているのがなんなのか正体がつかめるかもしれない。

 疑ってるわけじゃない僕はただ自分の居場所が欲しかった。その時は本当にそれだけが望みだった。


 過去の自分と思しき人物の行動の痕跡を追っていくうちに、僕は夢の中で自分の死の瞬間を見るようになった。センターでの安楽死を繰り返しているはずなのに、どの時の僕も誰かに殺されている。

 もしかすると僕は明らかにしてはいけないなにかを追いかけているのかもしれない、それとも心が壊れ始めているのだろうか。少なくとも家族や友人には後者に見えるようで、彼らに勧められ僕は静養地に向かうことになった。

 

 自分の痕跡を追い続けていて疲れていたという事を新幹線の中で見知らぬ景色を眺めてほっとしている自分に気づかさせられる。もしかすると静養地での休息をとったらもう昔の自分の事なんてどうでもよくなっているかもしれない、心の中でそんなことすら望んでいた。しかしたどり着いた場所で僕は違和感を覚える。来たことのない場所のはずなのに妙に土地勘が効くのだ、そしてまた僕の目の前にいつかの僕が通り過ぎていく。

 彼の後を追いかけていくと、僕は小さなオルゴールショップにたどり着いた。

 そこで出会った店員の理沙という女性に昔僕が作りかけで置き去りにしたオルゴールがあるという。

 実はその店は昔の僕が経営していたらしく、彼女にオルゴール作りを教えたのも僕だったらしい。

 センターでのクローニングの際に記憶の引継ぎがされるはずだが僕にはその記憶は全くなかった。

 理沙は僕にオルゴールを一緒に完成させませんか?と言った。


 僕は理沙にその街での滞在期間の間だけ店に顔を出す約束をした。

 ふと僕は街の住民が彼女を魔女と呼んでいることを知る。

 彼女に関わった人間はみんな不審死を遂げて、不審死であるにもかかわらずクローンとして死亡者が再生されるのだという噂。

 脳裏に幾度かの誰かに殺害される夢の光景がよぎる。あの夢の犯人が理沙だとしたら?

 僕は自分に対して好意的に接してくれる彼女に疑念を抱いてしまう。


 オルゴールショップを訪れると時々過去の僕の姿が幻のように現れ、昔行っていたことを再現していた。今日は店に入ってきた僕を店員として満面の笑みで出迎えて消えた。そういえば今の僕は笑ったことがないような気がする、鏡を見て口元を上げてみてもどこか嘘くさい表情にしかならない。顔つきはその人間の人生を表していると誰かが言っていた、きっと昔の僕の方がいい奴だったのだろう。

「いらっしゃい」

 そういって理沙は笑顔で僕を出迎えてくれる。僕はぎこちなく作り笑いを彼女に見せた。


 僕と理沙はオルゴール作りを通じて少しずつ親密になっていった。

 彼女は今まで他人を疑った事がないのだろう、僕の取り繕ったような言動を意に介さず素直に受け止め朗らかに対応してくれる。少し珍しい材料を買うために一緒に隣町まで買い物に行ったり、店番を任されることもあった。

 しかし僕がしたのは彼女の好意を利用して彼女の事を探る事だ。

 理沙の留守中に店にあった彼女のアルバムを覗き見している時、昔の自分の幻影が現れオルゴールを作り始めた。なにかを話し笑いながら、誰かと一緒に作業している姿。僕は手元のアルバムの写真を見る。

 そこには確かに僕と同じ姿をした誰かと、今より少し幼い理沙の姿があった。

 今見えた幻影はその写真の時のものだったようだ。

 僕は罪悪感で胸が痛み顔を上げると幻はすでに消えてしまっていた。


 店のドアが開きカランコロンと鈴が鳴った。理沙が帰ってきたらしい。

 彼女は買い物袋を両手で抱えて、店番したお礼にミルクいれますね。と言った。

 ラムキャンディスという氷砂糖をラム酒で浸したものを加えたホットミルクを彼女が出してくれた。

 甘くラム酒のほのかな香りが胸に心地よく、ミルクの温かさが気持ちを安らげてくれる。


「私今なにをしてるかわかります?」

 理沙はすこし悪戯をするような微笑を浮かべて僕にそう尋ねる。

「ホットミルクを飲んでる」

「私今歩いてるんです」

「座ってるように見えるけれど、そうなの?」

「生き方の話です。なにかに打ち込んだり必死になって追いかけていると、こうして座っていても人って凄いスピードで走っているのと同じなんです。そんなときは躓いて転んだ時にできる傷も深く大きくなってしまう」

 理沙は湯気のたつミルクを一口飲んで吐息を漏らすと安らかな横顔で僕を見た。

「だから私は時々こうやって自分の進む速度を調節してるんです」

 僕はなんだか自分の心の中を彼女に見透かされ、諭されたように思えて少し恥ずかしい想いがした。

 彼女にならってゆっくりとした時間を過ごすと、たしかに気持ちが落ち着いて今自分がするべきことがわかった。僕は彼女と作りかけのオルゴールを完成させる。

 おそらくそれが今一番自分にとって必要な事だと思えた。

「おかわりいりますか?」

 にこやかにそういう彼女に僕はもう一杯ホットミルクを貰い、しばらくしてからまた二人で作業を始めた。


「僕はここでこうしていてわかったことがあるんだ」

「オルゴールの作り方ですか?まだまだ奥が深い世界ですよ」

 ふふんと理沙は胸を張って言った。オルゴール作りが本当に好きなのだろう。

「それもそうだけどね、過去の僕がここに今の僕を連れてきた理由。きっと今の僕に自分がやりきれなかったことをやってもらいたかったんじゃないかって、そう思うんだ」

「それは素敵ですね、ちょっぴりロマンを感じちゃいます」

 作りかけのオルゴールの事はもちろん、きっと彼は理沙の事でなにか僕にさせたい事があるのだと僕は気づき始めていた。


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