820回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 600:光と闇の狭間に
港で宿を取り、夜明け前。
僕はムカルム商国の空気を吸い込むと、目を閉じ稽古する。
瞼の裏には前の世界で拳を交えた瀑岺会の拳士とその戦いを思い浮かべ、あの時の戦いを再現してイメージの中で戦う。
僕らは敵同士の間柄ではあったが、戦いを通じて心を通わせることができた。
その中でファンソウハ、彼とだけはなにか異質なものがあった。
まるで鏡写のもう一人の自分と戦っているかのような感覚、僕に欠けたなにかを彼が持っているかのような……。
彼との戦いの間の記憶はなぜか朧げだ。
でもずっと人形のように無表情でありつづけたソウハが、互いの血に塗れた死合の中で子供のように無邪気に笑ったその顔が瞼に焼きついている。
ムカルム商国で瀑岺会を名乗る組織を作ったのは恐らくソウハだ。
もし彼が僕に会うためだけに全てを行なっているとしたら。
突然現れた鋭く突き刺す刃の気配を交わし、拳を相手の胸の前で止め目を開くと、そこには刀を抜いた紗夜の姿があった。
「迷いがあっても隙はない、流石ね」
「彼とは色々あってね」
「はっきり言っておくと彼あなたに会うために手段を選ばないから、そのつもりでいたほうがいいわよ」
恐れていた通りだ。
ソウハも僕に欠けたなにかを見出し、それに焦がれる抗いがたい感情を抱いているらしい。
でもそれは人ではなく、異質な何かの歪んだ一部だ。
ソウハとまた命を賭けて戦う事があれば、それが現実のものとして現れる。
そしてそうなった時、僕は人間とは呼べない何かになってしまうだろう。
彼との戦いの最中に僕を支配した何かに自我を喰われて……。
「それでも向き合わなきゃ駄目よ」
紗夜は僕の迷いを見透かしたように言う。
逃げて回ったとしてもソウハは僕を追いかける、そしてベイルやリガーやマックス、僕に関わる全ての人を犠牲にするだろう。
「わかってるさ」
立ち向かわなければならない。
どんな未来が僕を待っているとしても。




