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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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808回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 589: ヤブイヌの里、プリベーロ村

 幸いヤブイヌの子供達の傷はかすり傷と軽い打撲だけだった。

 子供達は人間に対して極度に恐怖心を持っているらしく初めは警戒していたが、アーバン達が僕と会話しているのを見て少し安心したらしく、一人がアーバンに口を開いた。


「みんなが帰ってきてくれてよかった、村のみんなが大変なんだ」


 ヤブイヌの子供はそういうと僕らを案内しようと歩き出す。

 しかしすぐにふらついてベイルに抱き止められた。


「おいおい大丈夫かよ」

 ベイルが心配して声をかけ、子供の額に手を当て深刻そうな顔をした。


「ひどい熱だ、こんなこんな状態でこんなとこまで来たのか」


 それを聞いたアーバンは突然子供の首元を確認し、そこにアザがあるのを見て顔を青くし村に向かって走り出した。


「おい、いきなりどうしたんだぁ?」

 ベイルが問いかけるが、アーバンは答えず走り去っていってしまった。

 僕はとりあえず応急処置で生命力を子供達に分け与え、みんなで協力して子供達をおぶってアーバンの後を追った。


-

—-


 村にたどり着くと住民は誰一人見当たらず、誰も住んでないかのように静まり返った異様な状況だった。


 アーバンの入っていった家についていってみると、その家の住民が質素なベッドに横たわり苦しそうに寝込んでいる姿が見えた。

 アーバンはさっき子供にしたように首元を確認すると辛そうな表情で首を横に振る。


「おいアーバン、まさか……」

 何かを察した様子のヤブイヌが彼に尋ねるとアーバンは暗い表情で「ああ、枯風病だ」と答えた。


 その後の村全体を見て回りながらアーバンから聞いた話では、村のヤブイヌ達はみんなこの辺りで発生する風土病で倒れているらしい。

 倒れているヤブイヌに生命力探知をしてみると、極小の生命力が体内にカビのように繁殖しているのがわかった。


 周囲の空間も探知したところ、その病原菌は僕らの体内に入るとすぐ死滅するようだ。

 どうも体格の小さい犬型獣人に感染するタイプの病原菌かもしれないので、感染しそうな海賊達には一度船に戻ってもらった。


 同じヤブイヌ族であるアーバン達にも感染するはずなのだけど、不思議と彼らの体内に定着する様子はないのがわかった。

 彼らにその旨を伝えその理由に心当たりがないか聞いてみた。


 アーバン達は少し考えた後に「まさかとは思うけどババア汁かな?」とヤブイヌの一人が言って、それを聞いたヤブイヌ達は「うえ、名前聞いただけで吐き気するわ」「ないだろ」と渋い顔をしながら口々に否定的な意見を言った。


 彼らの話によるとヤブイヌ達のプリベーロ村には変わった風習があって、毎年春頃に苦虫を潰したような謎の汁をみんなで飲むという事をしていたらしい。


 アーバン達が海に出る時に、春前だったのだけど謎の汁を作るお婆さんにおまじない代わりに激まずババア汁を無理やり食わされたのだという。

 比較的症状の軽い村びとに話を聞いてみると、アーバン達が海に出た少し後にお婆さんが亡くなったので今年は春先に行事になってるみんなで飲むババア汁を飲んでないという話だった。


「古臭い迷信で激烈に不味い汁を飲んでたってだけの馬鹿馬鹿しい話だから……」

 とヤブイヌ達はないないと首を横に振っていたが、少し気になった僕はそのお婆さんの家に案内してもらうことにした。


 おばあさんの家にはラベンダーのドライフラワーを思わせる乾燥した花があった。

 ブーケ状にされロープで吊るされたそれらと、家の中の雰囲気が魔女の家のような雰囲気をさせている。


 生命力探知の結果、病原菌はこの花を避けるように空間を開けているのがわかった。

 家にあったレシピに従い花をスープにすると、花の匂いが驚くほど強くなりクセのある匂いのものができた。


 まるで香水をスープにしたような感じ、人間にはギリギリ食べられるけど嗅覚の鋭いモンスターには厳しそうだ、そんなことを思っているベイルとリガーがフレーメン反応で口をあんぐり開けていた。


 花は家にあるものだけでは村人全員分には数が足りないようだ。


「雄馬のオブジェクトでそこらに生やせばいいんじゃないか?」


「それもいいけど万全をきしておきたいな、おばあさんはこの花をいつもどこで?」


 ヤブイヌ達に尋ねると、以前お婆さんの手伝いをした経験があるという一人が案内してくれた。

 ちょうど今くらいの季節まで取れる花を干して、翌年の春に使っていたらしい。

 干すのは恐らく保存のためだろう、僕は集めた花を使ってジャンジャンババア汁を作り、嫌がる病床のヤブイヌ達に飲ませまくった。


 するとヤブイヌ達はたちまちみんな元気になっていった。


「まさかババア汁にこんな効果があったなんて……」

 ヤブイヌ達は驚いた様子で呟く。


「情報を正しく伝えて残すのが難しい環境の場合、言い伝えや風習にして伝えていく事があるんだ。もちろん迷信の可能性もあるけど、とりあえず試す価値はあると思って」


「花を摘む場所もなんか意味あったのか?」


「土壌環境で植物の成分や影響が出ることがあるから、あの土地のこの花であることが大事なんだと思う。春先に罹患して夏頃に発症する性質があるから春に汁を飲む風習にしたのかもね」


「さすが俺らのカシラだ」

 ヤブイヌ達は嬉しそうにそういうと僕を褒め称えてくれた。


 そんな中紗夜が不思議そうな顔をして僕をみていた。


「どうかした?」


「あなたこんな時も寂しそうな顔をしているのね」


「そうかな?自分ではそんなつもりないんだけど」


「こんなに沢山の人たちに受け入れられて感謝もされて、なのにあなたは誰とも心が通じるわけがないと諦めているみたい」

 考えるようにそう言った後紗夜は我にかえる。


「ごめんなさい、無神経なことを言ったわ」


「気にしないで、大丈夫だから」


 笑顔をして見せるがどうしても作り笑いになってしまう。

 僕自身本当にそんなつもりはなかったのだけど、言及されてみると少し心当たりがあるように思えた。


 今の僕にはベイルもリガーもマックスも仲良くなった紅蓮地獄の船員のみんなもいて、みんな僕を受け入れてくれているのに、僕はどこか不安を感じているのかもしれない。


「そんなに他人の面倒ばかり見ていたらそのうち潰されてしまうわよ」

 紗夜は僕を心配するようにそう言った。


「僕と繋がってくれたってことはその人の心の大切な部分を預けてくれたってことなんだ、裏切れないよ」


「あなたをみていると時々あなたが自分を罰しているみたいに見えるの」


「この世界に来る前は関わる人に迷惑ばかりかけていたから、今度はそうならないようにしたいんだ」


 僕を信頼してくれた人の期待に応えることができなかった。

 僕がもっと上手に動けていれば救えたはずの人が沢山いたんだ。

 ソウハもその一人かもしれない、そしてその彼が僕との再会を望むなら、僕は彼に会って決着をつける義務がある。


 左腕が冷たく疼くように痛む、まるで左腕の中のもう一人の僕が泣いているみたいに思えた。


 ベイルが僕の左手を掴み尻尾を僕の腰に巻き付ける。

 彼は僕の目を見つめて呆れ顔で頬に鼻先でキスして励ましてくれた。


「一人で背負い込みすぎるなよ」

 小さくそう呟く彼に応える代わりに、その手を強く握り返して感謝を伝える。


「彼もあなたみたいな顔をよくしているの」

 紗夜は何か考え込むように、小さな声でそう呟いた。

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