805回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 586: 保存食
海路を進み目的地まであと数日まで来た頃、シェフのダルマーさんが困った様子で僕に声をかけてきた。
「食料がもうねえんだ、なんか知恵をかしてくんねえかな」
ダルマーさんは食料の在庫と提供の配分をちゃんと管理していた。
途中から乗ってきた紗夜とアイリスはパラディオンの方に乗っていたし、紗夜がインベントリから出した食べ物で食事していた。
つまり原因は紅蓮地獄の船員達の盗み食いという事になる。
ダルマーさんは人型をした筋力的暴力の化身といった巨漢のセイウチ獣人で、盗み食いをした船員はそれはもうボコボコにされて、罰として簀巻きにされた状態で一日マストに逆さ吊りにされているのだが、盗み食いは後をたたず。
流石のダルマーさんも調理中のゴタゴタに紛れたり、内部協力犯の横流しや、彼の睡眠中を狙った盗難(これも厨房に罠を仕掛けてあって大半は捕まるのだけど)などなど手癖の悪すぎる船員達の対処が間に合わなかったらしい。
それも見込んでいつも多めに食料を積み込んでおいているそうなのだけど、邪神族との戦闘で船が破損して失われた分も込みで足りなくなってしまったようだ。
「こんな事もあろうかと用意していたものがあります」
そういって僕はニヤリと笑うと、パラディオンの倉庫から一抱えほどの皮袋に入った食料を彼に渡した。
「おお!流石魔王候補者様だ、頼りになるねぇ……ってなんだいこりゃ?」
そういってダルマーさんが困惑しながら取り出したのは、茶色くて四角いスティック状の物体だ。
「初めて見るとちょっと食べ物に見えないかもしれないですけど、大丈夫。ペミカンっていう保存食です、食べられますよ」
「ふーむ、どれひとついただくとするか」
ダルマーさんはペミカンの匂いを嗅いで訝しげにしながらも口にした。
味わうようにもぐもぐと口を動かすと彼の顔がパァッと明るくなる。
「こりゃぁ干し肉か?でも少し違うな、ナッツに野菜屑、ドライフルーツも味のアクセントになってる」
「廃棄予定の食べ物を片っ端から溜めてたんですよ。よく火を通して乾燥させて、牛や豚の油を溶かして食材を固める事で日持ちする保存食になるんです」
ペミカンはネイディブアメリカンの人達が狩りなどに携行するために伝統的に作っていた保存食で、味もいいので今でも特別な催し物の時に食べたりもするらしい。
「脂肪分で腹持ちもいい、これならうちの腹ペコモンスター共も納得するぜ!でもこんなに貰って大丈夫か?お前のとこも結構な大所帯だろう?」
「その袋は紅蓮地獄の廃棄予定のもので作った分なので大丈夫ですよ、予備の分もいくつかあるので遠慮せずにどうぞ」
「ありがてえ!それじゃお言葉に甘えていただいていくぜ」
意気揚々とダルマーさんがペミカンを持ち帰った後、僕もベイルと協力してパラディオンのみんなにペミカンを配って回った。
「雄馬様!雄馬様!!」
甲板で僕を見つけたアイリスが手を振りながら駆け寄ってきた。
彼女は一回転しておさげ髪を僕に自慢して笑顔を見せる。
「へぇおしゃれに決まってるね」
「えへへー、紗夜にやって貰ったのでーす」
そういって彼女は満面の笑みを見せる。
あまりに可愛いので僕は彼女の髪型を崩さないように気をつけながら頭を撫でる。
「はわわっ」
アイリスは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに僕を見ると、やってきた紗夜の背後に隠れてしまった。
「あちゃー、ちょっと不味かったかな?」
紗夜に尋ねると彼女は首を小さく横に振る。
「そういう年頃なのよ、ありがとう相手してくれて」
「そっか、ならよかった。そうだ、よかったら二人もどうぞ」
そういって僕はペミカンをいくつか紗夜に手渡した。
「いいの?貴重な食料でしょう。私たちの分は困ってないけれど」
「上手にできたと思うから食べてもらいたくて」
「……わかったわ、いただくわね」
そういうと彼女はアイリスにペミカンを手渡し、彼女がそれを頬張り笑顔を見せるのを嬉しそうな顔で見守っていた。
「紗夜とアイリスって姉妹なの?」
何気なく尋ねると紗夜は少し複雑そうな顔をした。
「そうしてそう思うの?」
「アイリスのことになると紗夜はすごく優しい顔をするから」
僕は微笑みながら言う。
正直彼女はまだ僕達に心を許しているわけではなさそうだ、だけどアイリスの事になると柔らかい表情で話す。
いつもそんな感じならいいのに。
「そう……そうなのね」
紗夜は少しだけ気まずそうな顔をする、彼女自身あまり自覚していない事だったのだろうか。
「困らせること言っちゃった?」
「いいの、気にしないで」
紗夜は寂しそうに微笑んだ。
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それから数日後、ヤブイヌ達が騒ぎ出した。
その声を追って船首に向かうと、嬉しそうにはしゃぐヤブイヌ達の姿があった。
「カシラぁ!見えてきたぜ!!あれが俺たちの故郷の島だ!!」
彼らが指差す方を見ると遠方に陸地が見える。
「あれが港町ラビアル、僕らの次の目的地か」




