804回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 585: 希望の花
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出航の後、紗夜はアイリスにせがまれて彼女の髪をとき、三つ編みにしていた。
小さな体で椅子に座り安心して身を委ね楽しそうに足をぶらぶらさせているアイリスを見ていると、彼女の中に遠い日の記憶が蘇ってくる。
紗夜には妹がいた。
正義であるために身を犠牲にすることを定められた一族の運命を逃れ、幸せに暮らしていた彼女を守ることだけが紗夜の生き甲斐だった。
でも結局彼女を守ることは叶わず、妹は一族の社会を守る正義のための犠牲になった。
妹の命で都市で暮らす数万人の命は救われたが、紗夜は知らない誰かの命よりも彼女の笑顔を守りたかった。
その時に彼女は自分が正義にはなれないと痛感し、正義という行いの歪さに疑問を抱くようになった。
紗夜がアイリスを見つけたとき一輪の花だったものが妹そっくりに変わったのを見て自身の目を疑ったが、みんな彼女が女の子に見えている以上幻ではなさそうだと彼女は思う。
性格も美咲にそっくり……それがこのオブジェクトの特性なのかも知れない。
所有者に守らせるために、守りたかったものに姿を変える。
七宝輪には 輪 白象 馬 輝玉 資産 将軍 を示す6つと 女 を示すものがある。
愛らしく咲いた一輪の花のような存在、おそらくアイリスは女を司る宝輪なのだろう。
紗夜はアイリスの元の姿がアイリスの花に似ていたからそう名付けた。
アイリスの花言葉は確か希望と信じる心、確かに彼女を見ていると少し救われた気持ちにはなる。
だけどそれは逃避と依存でしかない。
罪を償う立場の自分がこの体たらく、美咲はきっと怒っているだろうなと紗夜は思う。
「はいできた、三つ編みなんて久しぶりだから上手に出来たか心配だけど、どう?」
紗夜に髪を結って貰っていたアイリスは鏡の前で自分の髪をいろんな角度で眺め、目を輝かせて嬉しそうに紗夜に「ありがとうなのです!とっても可愛いのでーす!!」と言って一回転して首を傾げながらぶりっ子なポーズをして見せる。
まるで自分が失った過去を追体験しているかのような気持ちになり、紗夜は微笑みながらも甘く苦い感情に心を惑わせるのだった。
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