800回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 581: 絶望の叫び
紅蓮地獄は形容し難い形をした巨大な海獣に襲われ、砲撃で応戦している。
ミサゴの飛行しながらの斬撃、船に近づく邪神族の攻撃は巨漢セイウチシェフのダルマーさんが巨槌で打ち払い、コノハズク獣人レイジの弓が海獣の目を穿ち善戦している。
しかし海獣の口や体のこぶや断面から体液のように吹き出されたグールが次々に紅蓮地獄に乗り込み、戦況は悪化しているようだ。
そして僕の目にいつの間にか紅蓮地獄に乗り込んでいた紗夜がグールや邪神族と戦っているのが見えた。
涼しげに戦ってはいるものの、多勢に無勢で無限に増える敵の中で動けずにいるようだ。
彼女から離れた場所で隠れていたアイリスに敵が迫っているのも見えた。
「助けなきゃ、でもどうしたら」
ここからじゃあまりにも距離がある、フレスベルグを出そうにも大罪の悪魔が居ない今では紅玉の腕輪が反応しない。
「雄馬!俺がやる、飛べ!!」
ベイルが遠くから僕に叫んだ。
「ベイル!」
こんな場所にベイル一人残して行くのは心配だけど、今は彼を信じるしかない。
僕はマストを蹴って宙に跳んだ。
ベイルの加速度操作で一気に加速して次の瞬間には紅蓮地獄に近づいていた。
山刀を引き抜き移動の勢いを使ってアイリスに迫っていたグール五体を一閃に斬り飛ばして着地する。
「雄馬様!ありがとうなのです」
アイリスはそう言って僕の背後に駆け寄る。
震える彼女の頭をひと撫ですると、僕は迫るグールを蹴散らし紗夜の元に向かう。
紗夜と背中合わせになり連携してアイリスを守る、二人がかりならなんとかグールを退ける余裕ができた。
「借りができたわね」
紗夜は落ち着いた様子で言うが、その口調はどこか悔しそうだ。
「当然のことをしただけだよ気にしないで」
「自分の失敗を誰かにフォローされるのが嫌いなの、埋め合わせはさせてもらうわ」
「そういう事なら頼らせてもらうよ」
僕は大罪魔法の小規模発動と、紅玉の腕輪による身体強化を合わせて戦闘速度を加速。
紗夜も陰陽師スキルを解放して僕の速度についてくる。
紅蓮地獄のクルーを救いながら甲板を掃除していく。
「どうしてこの船に?」
「私は平和主義者なの」
つまり船員との争いを避け、どさくさまぎれに宝輪を盗もうとしたらしい。
「油断できない人だね君は」
僕は苦笑しながら言う。
紅蓮地獄の甲板からどんどんグールがいなくなり、邪神族も減り始めた。
「死にたくねえよお!」
泣き言を言いながら戦うイタチ獣人のトマの元にクガイが駆けつけ、ボレアースを振るい氷柱で彼に迫った邪神族の攻撃を弾き、旋風のような斬撃でグールを蹴散らす。
「死にたくないとは結構なことだ、今が楽しくなければそうは思わないからな。楽しんでいこうぜ!」
「この馬鹿キャプテンは!」
ダルマーさんが呆れながら言う。
しかし彼がきた事で一気に船員の士気が高まる、このまま押し切れるかもしれない。
そう思った矢先、紅蓮地獄の周囲に無数の邪神族が浮上し、眼前に超巨大なクラーケンが現れて船を巨大な触手で縛り上げた。
触手が船を締め付けミシミシと音を上げる。
そんな中ガルギムさんが邪神族に向かって歩を進め、彼が手をかざすと邪神族たちやグールの動きが一斉に止まった。
「クガイ、ここからは交渉の時間だ」
そう言って振り向く彼と、彼の従者のように隊列をなす邪神族とグール達。
「そんな、これじゃまるで」
「ああ……畜生。あんたは親父の仲間だろ?嘘だと言ってくれガルギム!!」
心の拠り所を奪われたクガイは咆哮する。
そんな彼を邪神の使徒ガルギムは静かに見つめていた。




