798回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 579: 朔月の少年
「この世界に辿り着いたプレイヤーの大半がどうなるか知ってる?」
歩みを進めながら紗夜が独り言のように言う。
「権力者によって不穏分子として殺されてるの、意志を持った大量破壊兵器そのものだから」
実際に僕が見聞きしたわけではないけど、あり得る話だとは思う。
その結果の一つがテンペスト島における祓魔師の仕組みなんだろう。
「前の世界での私は、普通の人には認識できない悪霊や怪異に対抗する家系に生まれた。みんなが平穏に暮らせるように命懸けで戦う一族。でも周りはそんな私たちを気味悪がってさげずんでいた」
彼女は僕の意思を確認するかのようにこちらを見た。
僕のこれまでのことをあらかた知っている、そんな雰囲気だ。
「正しく生きていては救われない人もいるの、私が力になりたいのはそういう人達の希望。そして彼は貴方を必要としてる」
「その言い振り、君の目的ってもしかして」
「貴方のスカウト、それに彼を惹きつける貴方の正体を見定める為」
彼女が協力的な理由が理解できた。
恐らく彼女が所属するのは教会のようなプレイヤー組織なんだろう。
つまり他のメンバーも全てプレイヤーの可能性が高い、正面衝突になると面倒なことになりそうだ。
「この世界に流れ着いたプレイヤーには居場所が必要なの、彼ならそれを作れる」
彼女の言う彼というのは恐らくファンソウハ、前の世界では中華マフィア瀑岺会の香主をしていた男だ。
でも僕の記憶の彼は他者を優しく庇護するような人間ではない。
彼にあるのは虚無と無窮のカリスマだ。
そこにいるだけで周囲の人間が惹きつけられ、彼の為に生きる様になる。
しかしその中心である彼自身には人間らしい情や望みはなく、次第に構成員も含めた全てが虚無に飲まれ、虫の群れの様な歯車と化していく。
自我を保ち彼のそばに立てるのは強い意志を持つ武人だけだった。
はたして彼女はそのことを理解しているのだろうか。
考え込む僕の様子を見て紗夜は肩をすくめる。
「すぐに返事をしろとは言わないわ、ただあなたが仲間になるのなら不要な血が流れることは防げるでしょうね」
ベイルはそんな紗夜の態度に不満そうに鼻息を鳴らし、アイリスは申し訳なさそうな顔をした。
そしてたどり着いた最奥の中央祭壇。
底の見えない果てない大穴の中心の磔にされた聖職者姿のグールの姿がある。
グールを幻影水晶が反応して「証を示せ」と頭の中に声がした。
「どうしたんだ?」
ベイルが僕に問う。
「オブジェクト越しに話しかけてきたんだ、証を示せだって。どうする?」
「愚問ね、進むにはそれしか手段はないでしょう」
紗夜はどこか楽しそうに言う。
荒事が好きなタイプらしい。
「俺は雄馬について行くだけだ」
ベイルは拳を打ち鳴らし、アイリスは戸惑いながら紗夜とベイルを見た後僕に向かってうなづいて見せた。
「それじゃやるよ」
僕は幻影水晶を使いグールに精神干渉する。
磔のグールを中心に肉壁が起き上がって悍ましい巨人の半身になって襲ってきた。
ベイルのサポート、紗夜との共闘で懐に入り磔のグールの心臓を突くとグールが爆発して神殿が消し飛ぶ。
強烈な光に飲まれながら高速でどこかに移動する感覚、光が収まり目を開けると僕は奇妙な空間にいた。




