797回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 578: 幸せの絶対数
吊り橋を渡っていると続々と海賊グールが襲ってくる。
それを蹴散らし血の海に落としていくと、そこで溺れているグールに生きたまま引き裂かれて殺されていく。
だんだん感覚が麻痺して、彼らが実は正気で宝輪を狙って襲ってきているとすら思えてきた。
彼らを操る存在が宝輪を取り返そうとしているだけなんだろうけど。
「貴方、なにか憧れはある?」
また一人グールを落としながら紗夜が言った。
「どうしたの急に」
「海賊ってみんな何かしらの憧れを持ってるから、貴方もそうなのかと思って」
この状況でそういうこと聞く?と思いながら僕は少し考える。
「憧れってわけじゃないけど、達成したい目的とか、こうなったらいいなって思うことはあるよ」
僕はそう言いながら左腕を見つめる。
グレッグと過去の僕が閉じ込められた左腕、旅を続ければ彼らと分かり合える時は来るんだろうか。
そんな僕に彼女は冷ややかな目をした。
「つまらない憧れなら諦めなさい、迷惑なだけよ」
「なんだとぉ?」
ベイルが間髪挟まず紗夜に食ってかかり、僕は彼をなだめる。
彼女の態度は冷淡だけど、その目に割れたガラスのような悲しさがあったからか、僕は彼女に同情していた。
「君はどうしてそう思うの」
「私にも理由があって宝輪を手に入れた、そしてそれを叶えるべき憧れを持つ人達のために使いたい。でも貴方の憧れにも宝輪が必要でしょう?人の世界の幸せの数は決まっているの」
そういうと彼女は無惨に死んでいった海賊達の残骸を見る。
夢を叶えられなかった者達の成れの果て、その眼には愚かしい物を見る冷たさがあった。
「海賊の憧れなんて一睡の夢、そんなものを叶えても嬉しいのは本人だけじゃない、くだらないのよ」
紗夜は淡々と言った。
アイリスは不満気な顔をしたが、僕とベイルを見てこちらの判断を待っている様だ。
「俺はそうは思わないがなぁ」
いつも食ってかかるベイルが不思議と穏やかに言った、彼なりに何か思うところがあるのかもしれない。
「雄馬は確かに行き当たりばったりで後先考えずに動いてばかり、周りは振り回されっぱなしで迷惑かけられ通しだぁ」
「耳が痛いです……」
「でも俺はそんな雄馬に命を救われたぜ。それに俺以外にもたくさんの奴らを雄馬の進む道が救ってきた。だから俺は雄馬の憧れはくだらないもんなんかじゃないって信じてる」
「なんだか恥ずかしいな」
僕は照れ隠しにベイルの首をカキカキすると、彼は「へへへぇ」と笑いながら気持ちよさそうに身を委ねた。
「期待はずれで終わらないといいけどね」
彼女はそう言って踵を返して歩き出したが、アイリスが僕らに見せた笑顔からすると少しは理解を得られたできたみたいだ。
「いつもベイルには助けられてるね」
「おう、もっと俺を頼っていいんだぜ旦那様」
ベイルは顔をあからめながらも、得意げに胸を張って拳で叩いてウィンクした。




