796回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 577: 黒い瞳の紗夜
黒衣の女の子は髪を軽く指ですいて整え、残心していた刀を鞘に収めた。
深い闇の底から来たかの様な瞳をした女性。
腐った空気で澱んでいたこの場所で、彼女から清浄な風が吹いてくる様に感じた。
「危ないところをありがとう、助かったよ」
そうと言うと彼女はつまらなさそうな顔をした。
「礼なら彼女に、私は手出しするつもりはなかったから」
そう言って彼女は傍に駆け寄ってきた小さな女の子を紹介した。
「君がお願いしてくれたんだね、ありがとう」
僕がお礼を言うと、女の子は照れくさそうにはにかみながら「気にしないで欲しいのです」と笑った。
「助けなんていらなかったんじゃない?」
僕たちのやりとりに水を刺すように着物の女の子は不満ありげに言った。
彼女が助けに入った時ギロチンに僕も斬撃をくわえた事。
彼女が蹴りを放つ瞬間、大男が背中に隠していた武器での攻撃を繰り出すのを肩に木の鋲で攻撃して防いだのがバレていたようだ。
腕利きの人にはその手の手出しを嫌う人がいるが、彼女もそんなタイプらしい。
「余計な事してごめん、でも危ない所だったよ、僕達ここまで来るのに疲れてたから」
「そう……」
彼女は全然信じてないと言った冷ややかな顔しながら言った、嫌われてしまったかも。
それに信用するのもまだ早計だ。
「君達はなんでこんな所に?」
僕は勘付かれないよう臨戦体制に入りながら尋ねる。
「あなた達と同じ目的、それも目当てのものはすでにこっちが手に入れてるって言ったら、どうする?」
「なんだって、何の為に……」
彼女に食い下がろうとするベイルを制止して耳打ちする。
「彼女プレイヤーだ、敵かもしれない」
それを聞いてベイルも臨戦体制に入る。
彼女の刀の光はプレイヤーのアバター化特有のものだった、僕らを襲った男の子の仲間かもしれない。
僕らの様子を見ると彼女はかすかに微笑み、刀に手をかけ鯉口を切る。
一触即発の状況で、彼女の傍の小さな女の子が彼女の着物の裾を掴んで首を横に振る。
「紗夜」
抗議するように女の子が言うと、紗夜は肩をすくめ刀を納めた。
「今は脱出が先決ね」
「よかったら一緒に行かない?宝輪は僕らにもどうしても必要なものなんだ、話ができればありがたいんだけど」
「雄馬やめとこうぜ、油断したとこをバッサリいかれたらたまんねぇよ。それに宝輪を持ってるって話も嘘かもしれないし」
「いいわよ、一緒に行っても」
「わぁ、本当なのです?」
女の子は目を輝かせて喜んだ。
「この子があなたを気に入ったみたいだから、協力してあげる」
「わーい、アイリスは幸せを感じているのでーす!よろしくなのです雄馬さんとわんこさん!」
「わんこじゃなくベイルだ、なんか調子狂っちまうなぁ」
困惑するベイルと無邪気にはしゃぐアイリスに僕は思わず笑みをこぼす。
油断はできないが心強い味方を得た僕らは出口を探して進み出した。




