789回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 570:孤独の中に見る夢
マイクロキャノンの爆発で崩壊していくナイトシェイド。
しかし破壊された隙間から悪魔の翼や腕が生えて大罪の悪魔と化し、カオスバースト弾頭の発射機構が剥き出しになった。
背筋に寒気が走る、僕は咄嗟にギルドプレートを手に取りコントロールパネルに突き刺した。
カオスバースト弾頭が爆発を起こす。
周囲の海水を一瞬で蒸発させる莫大な熱量が瞬時に拡大する。
大罪の悪魔が自身を燃料にした自爆は周辺海域を一瞬で地獄に変えた。
漆黒の爆炎に包まれながら、僕はファルスタッフの境界層制御装置を最大出力で動かす。
装置がギルドプレートに施された対カオスバースト機構による防御フィールドを展開し爆発を受け流していく。
しかしあまりの爆発の出力にプレートの許容範囲を超え、プレートが火に焼かれた様に赤熱し僕の手が焼けて肉が焦げる匂いがした。
「ぐうぅうッッッ!!」
一瞬のはずの爆発が永遠に続いているかのようだ、あまりの痛みと混沌侵蝕の負荷に意識が途切れ途切れになる。
薄れゆく意識の中、必死にプレートを掴む僕の手を、一人の女性の手が触れた様に見えた。
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ヴカが目を覚ますと彼はログハウスのダイニングにいた。
寝そべっていたソファーに腰をかけると、彼は混乱しながら周囲を見渡した。
室内のレイアウトに調度品、どれも彼には見覚えがあった。
引退後に家族で住もうとヴカがステファニーと買った家だ。
キッチンで料理をする音、不器用な彼女がいつも割る皿の音と、彼女が唯一作れるポトフの香り。
キッチンに顔を出すとそこには赤ん坊をおぶって料理をするステファニーの姿があった。
「おはようヴカ、もう少ししたら出来るから座って待ってて」
彼女は何事もなかったかの様にそう言うと、赤ん坊をあやしながら料理を続ける。
危なっかしいが彼女なら子供に怪我をさせる様なことはないだろう、そう思いながら彼はテーブルのそばの椅子に腰かける。
「料理は俺がやるって言ったろ」
ヴカは彼女の存在を確かめる様に問いかける。
「いーの、今日は私の料理を食べて欲しいから」
彼女は少し不貞腐れた様に言う。
下手の横好きの彼女の料理はとても食べられたものではない、しかし今のヴカには楽しみだと思えた。
出来上がった彼女の料理は悪い意味で期待通り。
皮もちゃんとむけていない野菜を不格好に切り分け芯を残して煮たやたらしょっぱい汁。
相変わらずひどい料理だと思いながらも、ヴカはそれを食べながら笑みをこぼしていた。
「ねぇヴカ、この子に名前をつけてあげて」
ステファニーはそう言って赤ん坊を見せた。
ピンクの可愛らしいベビー服、ステファニーに似て整った顔をした女の子だ。
名前は彼女が生きていた頃にあれこれ手を尽くして考えていた。
男の子ならジャック、女の子なら。
「エイミーっていうのはどうかな、みんなから愛されそうな名前だと思うんだが……」
「うん、凄くいいと思う」
ステファニーは素直にそう言って嬉しそうな顔をした。
「エイミー、パパが一生懸命考えてくれた名前だよ、よかったね」
そう言うと彼女はエイミーの頭を優しく撫でる。
「まさか私がこんな真っ当な人生をおくれるなんて思わなかったな、自分は戦場で戦って一人で死ぬんだって思ってたから」
ステファニーは感慨深そうに言った。
「……そうか」
ヴカは彼女の言葉に複雑そうな表情をした。
「疑ってる?本当だよ」
ステファニーはそう言って彼の頬にキスをしてエイミーを預けた。
あどけなく無垢な赤ん坊はヴカに抱かれて嬉しそうに笑う。
ヴカはそれを見て思わず笑顔を浮かべる。
ステファニーは彼を愛しげに見つめていた。
「そうその顔、私に心底惚れてるって感じ。助けてくれた時、その顔を見てこの人にしようって決めたのよね」
「そんなのぼせた様な顔してたか?」
「初恋した男の子みたいに目をキラキラさせてたよ」
ステファニーはヴカをおちょくる様に言った。
「冗談だろ、俺がそんな」
ヴカは少し顔をあからめ、とてもじゃないが信じられないと首を横に振る。
「うんうん意外とわからないものだよね自分の事って。私も誰かのことこんなに好きになるなんて思ってもみなかったもの」
「ステファニー……」
そう呟き彼女を見つめるヴカに、ステファニーは優しい笑顔を向けている。
その時遠くから雄馬がヴカを呼ぶ声がした。
ああ、そうか……。とヴカは理解する。
この場所は失われた世界、彼が手に入れられなかった未来の幻影だ。
「このままここに残りたいが、待たせてる奴がいるんだ」
「あなたの新しい相棒さんよね」
「ああ、態度は悪いし可愛げはないんだが、どうにもほっておけなくてな」
「彼がとても寂しい人だからよ」
ステファニーは憐れむような顔でそう言うとヴカからエミリーを受け取る。
「胸に空いた穴がいつでも彼を孤独にしてる、だから寂しい人をほっておけないの」
「いらない世話ばかり焼きやがる、迷惑な奴だよまったく」
呆れながらも嬉しそうな顔をして言う彼にステファニーは安心した様に微笑む。
「戻ったら彼に一人じゃないって教えてあげて」
「迷惑がるかもしれんがな」
ヴカはそう言って笑うと立ち上がり、出口まで向かい、扉に手をかける。
少し考えた後、彼はステファニーとエミリーに振り向いた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
ステファニーとエミリーは笑顔で彼に返した。
ヴカが扉を開くと光に包まれ、次の瞬間残骸になったファルスタッフのコクピットに寝そべっていた。
「よかった、目を覚ました」
雄馬は心から安堵してため息をつく。
ヴカは手を伸ばし雄馬を抱き寄せ「ありがとうな相棒」と言った。
雄馬は戸惑いながら「お礼を言わなきゃいけないのは僕の方なのに……これじゃあべこべですよ」と苦笑した。




