779回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 560: 夢の残影(2)
-----
数年前。
グリダロッドとシラクスの海戦の最中、一隻の黒い高速艇が複数の敵を相手に事もなげに戦っていた。
「あらら、味方はみーんな逃げ出しちゃったか」
高速艇を駆るのはステファニーという傭兵。
ブラックウィドウの二つ名を持つ腕利きの女戦士だ。
僚機として出撃していたグリダロッド海軍の攻撃艇はシラクスの攻勢に対処できず、彼女を盾にして戦線を離脱してしまっていた。
「ここで離脱したら評判落ちちゃうし、どうしたものかしら」
「よーうお嬢さん、お困りかい」
その通信と共にヴカの乗る高速艇が介入し、ステファニーの包囲網を崩し彼女を脱出させた。
「あら、波濤の猟犬さん。あなたは逃げてなかったのね」
「バカ言うな、雇われのあいつらとは違って傭兵は戦のプロだ。情けない真似したら飯の食いあげだろうが」
無駄口を叩き合いながら、二人が合流し連携する事でシラクスの部隊を押し返し始めていた。
「私達って相性良いのかもね、そう思わない?」
「敵同士でやり合った事もあるし、お互い手の内知った仲だ。息も合うだろうさ」
損傷により速度が低下していたステファニーの高速艇を狙って二艇の攻撃艇が迫る。
ヴカがすかさず割って入りそれらを撃破、二人はそのまま敵の母艦に接近し魚雷を発射して撃沈させ、シラクスの部隊を撤退させる事に成功した。
周辺の安全を確認した後、ヴカはステファニーの高速艇の横につけ、キャノピーを開いた。
「無事か?」
彼の言葉に応えるようにキャノピーを開き姿を見せたステファニーの美貌にヴカは目を奪われた。
ブリーフィングの時のつまらなさそうな顔とは違い、今の彼女は清々しい微笑みの女の顔をしていた。
彼女は何を思ったか自分の船を捨てヴカの船に飛び乗り彼を抱きしめる。
「お、おい。なにしてる」
「私の船もうダメみたい、エスコートしてくれる?」
ヴカの首に手を回しキスを待つような距離でそういうステファニーに彼はドギマギした。
ヴカは人間ではないロバのモンスターだ、その上顔もいいとは言えない。
人間の美女にこんな事をされるなんて彼にとって想定外の異常事態だった。
「それは構わないが……近すぎる、離れろ」
ヴカが顔を真っ赤にして言うと、ステファニーは楽しそうに笑い、彼のシートの後ろ側に滑り込んだ。
それから帰り道、ステファニーはヴカを後ろから抱きしめ、彼に頬を寄せた。
「私あなたのこと気に入っちゃった、チームを組まない?きっと楽しいと思うの」
「からかうなよ」
「本気よ?」
そう言ってステファニーはヴカの頬にキスをする。
「あなたがいいって言うまでずっとくっついてるんだから」
「勘弁してくれ……」
ヴカは彼女のゴリ押しに困り果てながら押し切られる形でチームを組み、シラクス海軍に恐れられる存在として名を馳せていく事になった。
やがてステファニーは子供を身ごもり、お腹の中の子供のために子守唄を歌うようになった。
親からの愛情を知らないヴカには自分との子供を愛しむ彼女が女神のように見えた。
祝福される命を知った、生きることの意味を初めて理解した。
彼女とこれから産まれてくる子供を幸せにしてやりたい、彼は心からそう願うようになった。




