774回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 555:海の戦士
その後僕は酔い潰れたヴカをおぶって彼の船室に向かっていた。
ぐでんぐでんの彼を見てベイルは心底呆れたといった顔をしている。
「こんなおっさんが役に立つのかよぅ。俺と乗った方がいいんじゃないか?絶技でサポートもできるしよぅ」
ベイルは自分以外が僕の相棒になるのが気に食わないようで、延々と文句を言い続けていた。
気持ちは嬉しいけど曖昧な返事でお茶を濁すしかできない。
苦笑いしながら僕はヴカを背負い直す。
がっしりした体格の汗と酒の匂いのするロバ獣人。
少し脂肪のついた体の下にはまだ筋肉があるのがわかる、彼がそれだけ長く戦ってきた証拠だ。
「彼の体はまだ戦い方を覚えてる。やれるよ」
ベイルの目を見ていうと、彼は不服ながらも諦めのついた顔をした。
「雄馬がそう言うなら信じてみるけどよぅ」
ベイルはそう言いながらヴカの脇腹をフニフニと掴む。
ヴカは寝ぼけながらその手を払い、ベイルはむくれっつらをした。
「雄馬に怪我させたら食っちまうからな」と彼がヴカに小さな声で耳打ちしてるのが聞こえて、僕は苦笑した。
眠っているヴカの顔は年相応に皺が刻まれている、しかしその表情は安らかで可愛らしさすらある。
「寝てる顔は可愛いのに」
僕がそう言いながら鼻をくすぐると、ヴカはやめろぉとむにゃむにゃと寝言を言った。
-
--
---
翌日、クラップスや彼らと関係の深い海賊による揺動と情報連携を行い、僕らはグリダロッドの軍事要塞のある島に向かった。
道中、要塞突入のための作戦会議を紅蓮地獄で行うことになった。
海戦百戦錬磨のクガイが出した作戦は、高速艇ファルスタッフで敵艦隊を引っ掻き回してる間に、外周を紅蓮地獄とパラディオンが左右に分かれて旋回しながら敵を砲撃、そのまま殲滅というものだった。
これってファルスタッフの搭乗員は成功してもしなくても死ぬのでは?
「ちょっと待てよ、これではファルスタッフは敵の攻撃ばかりか味方の砲撃の巻き添えになるんじゃないのか」
ガフールさんがすかさず異を唱えた。
「ファルスタッフの性能なら理論上可能だわいな」
ブロックさんは自信ありげに言うとチラリと僕に目配せした。
ヴカのコンディションをどれだけ戻せるかによる、という意味だろう。
僕は彼に小さくうなづいて見せた。
「無茶を押し通してこそ一端の海の男ってもんだ、どんと一発かましてこい!」
クガイはガハハと笑いながら僕の胸を拳で叩く。
「あいつこれをやらせる為に雄馬に目をつけたんじゃねえかなぁ……」
ベイルが不安そうに呟き、僕は彼の頭を撫でて落ち着かせた。
彼の頭の中では僕の意思を尊重したい気持ちと、無理矢理にでも僕を連れて逃げ出したい気持ちがせめぎ合っている様だ。
「出来る限りサポートはしよう」
ミサゴは僕にそう言ってくれた。
「このキャプテンの下でまだ誰も死んでないのが不思議なんだよな」
全員の誰かがそう口にすると、その場にいたブレーメン海賊団の面々がうんうんとうなづいて見せた。
-
--
---
目的地が近づき、僕とヴカは紅蓮地獄の船の底、船倉に造られた発進デッキに向かう。
とはいっても高速艇ファルスタッフ以外何もない場所だ、ファルスタッフを出せる出入口すらない。
僕はファルスタッフに乗り込み操縦桿を握る。
琥珀のダガーを使う要領で精神力を注ぎ込むと周囲が明滅するように暗くなり、いくつもの混沌構成物が連鎖起動し歯車のように絡み合い、一つの生き物のように機能し始めるのが分かった。
複数の混沌構成物があわさり全く新しいなにかとして動いている、身体に強い力を持つ新しい器官が出来たような奇妙な感覚。
気をしっかり持たないと意識を吸い込まれそうだ。
何か大きな生き物の腹の中にいる気分、これに乗って身を任せるのは少し背筋が寒くなる。
「怖くなったか?嫌ならやめてもかまわんぞ」
乗り込みながらヴカは挑発する様に言った。
キャノピーを閉じると彼の酒臭い息が操縦席に充満する。
「冗談でしょう?僕は酔っ払い一人に任せておけるほど人でなしじゃないですよ」
わざと感じの悪い返事をすると、ヴカは僕の態度を鼻で笑う。
「泣かせてやるよクソガキ」
狙い通り軽いアドレナリンが彼の思考を少しクリアにするのを感じた。
「楽しみにしてますよ」
意識を集中すると混沌侵蝕が周囲を歪めて、前方の空間が引き延ばされ眼前の壁に渦を巻くようにひしゃげて海が見えた。
ファルスタッフ内部にテンペスト島にあった銀の薔薇と同じものが組み込まれていて、それを使ったショートジャンプで外部に出る仕掛けだ。
そこに見えるのは水平線を埋め尽くすほどのグリダロッド海軍。
少し怖気付きそうになったけど、ビビったら負けなので精一杯強がりレバーを押し込みフルスロットルにする。
空間が瞬時に収縮して船体が加速、ファルスタッフは大海原に飛び出した。




