773回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 554:ファルスタッフ
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パラディオンから未完成の高速艇とブロックさんを運び、研究所に内設されたドックで仕上げ作業が始まった。
僕は賭博海賊クラップスのカシラとしてバグジーさんのサポートを受けつつ、なれないながらも指示を出して混沌兵装を完成させていく。
なりゆきとはいえ代表になったものの、旅をやめてここに止まるわけにはいかない。
バグジーさんや幹部数人と話をして、時折連絡を取り合い組織運営に間接的に関わるという形で話がついた。
「なーんかこれじゃ雄馬が負けたみたいじゃんか」
ベイルが不貞腐れている。
忙しくて構ってあげられなかったから拗ねてるみたいだ。
「少し時間ができたから一緒にお菓子を作ろう」
「おう!味見してもいいか!?」
ベイルの顔がパッと明るくなり、僕らはキッチンへ向かった。
まずは生地作り、パイ生地と基本は同じだけどパリパリ感を増すためにバターの代わりにオリーブオイルを使う。
薄く伸ばした生地を棒に巻き、それを引き出し薄く伸ばして粉を振りながら巻いていく。
生地のロールが完成したら輪切りにして、オリーブオイルを塗って断面を上にして手で横に薄く伸ばして皮を作る。
そこにまず小麦粉とチーズとドライフルーツで作ったフィリングを敷き、カスタードクリームを上に乗せたものを餡に餃子を作るように封入、オーブンで狐色になるまで焼いたら完成。
「食べてみて」
一つベイルに差し出すと、彼はそれをパリパリっと気持ちいい音を出してほうばり、ほっぺにクリームをたくさんつけながら食べた。
「ふうま!こへほいしい!!」
そう言いながら彼は二個目に手をつけ食べ始めた。
「でしょー、パイよりもサクサクしてる食感が特徴のイタリア人気のお菓子スフォリアテッラだよ」
ベイルはいつも本当に美味しそうに食べるから見てるとこっちまで笑顔になる。
それを二人で運びドックにいるみんなに振る舞うとみんな大絶賛してくれた。
ここまでにガフールさん達が海賊と喧嘩したり、リガーが盗みを働いて処刑されかけたり、あれこれトラブルは起きたものの。
こうして一緒に美味しいものを食べたらみんな仲良しになれる。
そんな中ブロックさんが難しい顔をして高速艇を眺めていた。
彼にスフォリアテッラの乗ったお皿を差し出すと、彼はそれを手に取り近くのテーブルに置いた。
「綺麗ですね」
機体を見てそう言う僕にブロックさんは表情を和らげる。
恐らく気楽な態度に呆れたのだろう。
「3日でこいつも完成間近まで漕ぎ着けた、あとはパイロットだが……」
ブロックさんはそういうと、ヴカを見て顔を押さえ首を振る。
ヴカは相変わらず飲んだくれて死んだような目をしている。
今日は胸に下げたロケットの中の肖像画を眺めていた。
彼をその気にするにはどうしたらいいんだろう。
悩みながら高速艇を眺めると、キャノピー付近に刻まれた言葉が目に止まった。
その部分だけよく見ると構造材が古い、注意深く観察すると高速艇は新造したものではなく改修した物だったらしい。
おそらくヴカが以前使っていた物なのだろう。
刻まれた言葉の内容はイタリア語で「Che dunque l'onore? Una parola!」(名誉などただの言葉だ)と書かれていた。
シェイクスピアの喜劇を元にしたオペラ「ファルスタッフ」のセリフだ。
ふとっちょ騎士のファルスタッフが金目当てに二人の女性を誘惑しようとした。
彼女たちが名誉にかけて断ると返事をし、それに対するファルスタッフの返事がこの一文。
つまりろくでなしの詭弁ではあるのだけど、ヴカがステファニーとどんな気持ちで傭兵業をしていたか少し理解できた気がした。
かけがえない幸せほど失った時の悲しみは大きい、彼にとってこの船は無くした夢の棺桶なのだろう。
でもそれだけではないはずだ。
彼なりに過去を精算し思い出を呪縛から解き放ちたいと望んでいる。
でなければ彼がここにいる理由はない。
僕は意を決してヴカの側に向かった。
「俺は乗らねえ」
僕が近づくと彼は背中を向けたままそう言った。
「……俺が何かすると悪いことしか起きない」
呟く彼の声は心痛に沈んでいた。
「あの船、もしかしてファルスタッフって名前なんじゃないですか?」
その言葉を聞きヴカは耳をぴくりと動かし、その脳裏に一人の女性の姿を思い浮かべた。
混沌兵装ファルスタッフは複座式、つまりメインパイロットとサブパイロットで動かす高速艇だ。
彼の頭の中にはいつも一人の女性の影がある、彼が心配しているのはパートナーになった人物を死なせることのようだ。
これ以上自分のせいで誰かが死ぬなんて耐えられない、だから誰も死なせない、そのために拒絶している。
その想いが過去に向き合う勇気を奪っているらしい。
このままじゃ堂々巡りでいつまでも前には進めないだろう。
僕は一芝居打つことにした。
「見てみないと信じられませんよ。僕があなたと船に乗ります、悪いことが起きるかどうか僕に見せてください」
「ふざけてんじゃねえぞガキ」
ヴカは顔をしかめて僕を睨む。
「死にませんよ僕は、じゃなきゃ魔王候補者なんて呼ばれてませんから」
僕はわざと彼をイラつかせるように彼を見下し、鼻につくような自信満々な笑顔で言ってのける。
彼は不愉快そうな顔で僕の足元にグラスを投げつけ叩き割った
「それなら吐くほど後悔させてやる、死んじまってもお前の仲間に文句は言わせんなよ」
うまく行った。
彼は早死にしそうな僕を見かねて自分を曲げて付き合ってくれるようだ。
善意を利用するようで後ろめたいけれど、優しい人が苦しむのは見ていられない。
「わかりました」
嬉しそうにそう言う僕の顔を見て舌打ちすると、ヴカは酒を瓶から飲み始めた。
「おい雄馬」
ベイルが僕の脇をつつき心配そうに言った。
「大丈夫だよ、君が信じてくれるなら」
「ずるいぜそんな言い方するなんてよぅ」
ベイルはしょんぼりしながら僕に頬擦りする。
不安がないわけじゃない、でも彼がこうしてくれて気持ちが少し和らいだ。
僕は感謝の気持ちを込めて彼の頭を撫でた。




