770回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 551:ビッグゲーム
バグジーは僕の隣の席に座ると指を鳴らした。
彼の合図に答えたウェイターが緑色の液体の入ったグラスを二つ卓に置く。
アルコールとメンソールのような匂い、グラスの中身はお酒らしい。
ウェイターはスプーンを取り出し、柄状の穴がいくつも空いたそれをグラスの上に置く。
その上に角砂糖を置いて緑色の酒を垂らしかけた。
バグジーは葉巻を咥えマッチを擦って火をつけると、そのマッチで角砂糖に火をつけた。
角砂糖に染み込んだ酒が怪しく燃え上がる。
この酒は恐らくアブサンだろう。
ニガヨモギなどのハーブを使ったハーブリキュールで、緑の悪魔の異名がある曰く付きのお酒。
この飲み方はボヘミアンスタイルというやり方と同じだ。
熱で溶けた角砂糖の火が、グラスの中の酒を燃やして幻想的な光景になる。
ウェイターがおしゃれな水差しで一滴ずつ水を垂らしていくと、火が消えて酒が燃え尽きたかのように白く濁っていく。
僕はグラスに口をつけて一気に飲み干す。
強い苦味と砂糖の甘み、メントールのような香りと70%以上の強烈なアルコールが喉を焼く。
アルコールのあまりの強さに咽せてしまった。
癖が強くて僕には無理なお酒だこれ。
顔をくしゃくしゃにした僕を見てバグジーは楽しそうに笑いながら、涼し気な顔でグラスを空にした。
アブサンに含まれるツヨンという成分に向精神効果があり、現代社会ではその成分が10ppm以下でない物は発売は禁じられている。
この世界の海賊がその基準を守っていてくれるといいんだけど。
「毒が入ってるとは思わないんだな」
「そんなつまらない事をする人には見えないですから」
「ずいぶん買われたものだ、今度から魔王候補者に認められた男とでも名乗ろうかな」
どうやら彼にも僕の素性は割れているらしい。
バグジー以外は知らなかったらしく周囲の獣人たちがざわついている。
おそらく僕に酒を振る舞ったのはこの後の交渉のためだ、酔わせて口を滑らせようとしてるんだろう。
僕はさりげなく紅玉の腕輪を使い、体内のアルコール処理能力を上げて酔いを覚ました。
「俺との勝負を受けてもらおうか。勝ったら何だろうとくれてやる、かわりに負けたら彼の船をいただく」
バグジーは不敵に笑いクガイを一瞥すると、味わうように紫煙を燻らせた。
僕はクガイの顔を見る、彼は不満気な顔をしていた。
自分との勝負じゃないのが不服のようだ。
「おいおいおいマジでやるつもりかよ」
ベイルが不安がり僕の肩を揺さぶった。
「海王船でなければ絶海にいたる『道』に耐えきれない、船を取られたらここで旅は終わりだな」
ヴカは面倒ごとが片付いて助かるとでも言うかのように肩をすくめて酒を飲んだ。
「莫大な金で買ってくれるクライアントがいてね。力づくで奪えるならそうしたいが、相手は溟海八武衆貪狼のクガイだ、こういう手段で交渉するほかないだろう?」
イカサマありのポーカーを交渉というのはいかにも海賊といった感じだ。
「なぁ雄馬ここでやめとこうぜ、他にもなんか手段あるって絶対」
ベイルが止めようと必死に訴える。
一理ある話だけど、避けられるならブロックさん達がそちらを提示してるはずだ。
これ以外の方法では間に合わなくなる、やるしかない。
「それに勝ったらおまけもつけてやる、イーストウォッチタワー事件の真相だ。グリダロッドがあの惨劇を何故引き起こしたか、知りたい奴がいるみたいだからな」
バグジーの言葉にヴカの目つきが変わった。
それを見てクガイは小さくため息をつくと、僕を見た。
「しゃーねぇ、ここはお前に任せる」
ヴカの件が入った事で冷静になったらしい。
おちゃらけているようでここぞという時の判断は間違えない、そんな彼だからみんなついていくんだろう。
「人生に一度は乗っておきたいビッグゲームだね、やるよ」
「いいねぇ!それでは始めようか」
バグジーは大袈裟な身振りをしていうと、大きく手を叩き使用人に準備を始めさせた




