769回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 550:フォールスシャッフル
ディーラー固定の6人卓。
種類はドローポーカーだ。
ディーラーとはポーカーにおける親であり、ディーラーがプレイヤーにカードを配る。
ドローポーカーはディーラーが各プレイヤーに伏せた状態のカードを5枚配るスタイルだ。
プレイヤーは配られたカードを確認し、ディーラーがチップを 上乗せする か、そのままで 様子見する かを決める。
その次にディーラーの左側のプレイヤーから順番にチップの 上乗せする か 前者と同額を賭ける するか、降りる の内のどれかを宣言する。
一周終わった後、フォールドしなかったプレイヤーのみでゲーム続行。
今度はカードの 交換 を行うターン。
各プレイヤーは不要なカードを捨てて、同じ枚数をディーラーから受け取っていく。
その後再び掛け金の選択のターンで 賭ける か 降りる を決めていく。
それ以外にもこの世界独自のルールで元いた世界とは細かな違いはあるけれど、大まかにはこんなルールだ。
「よろしいですね、ではショーダウン」
ディーラーの言葉に合わせてプレイヤーがカードを見せる。
僕の役はツーペア、下から数えて二番目の強さの役だ。
コヨーテ獣人の役はスリーカード、ツーペアの一つ上の役。
そのゲームは彼の総取りになり、コヨーテ獣人は「おあいにく様」と挑発するようにニヤニヤしながら言った。
僕は平静を装っているかのように澄まし顔をして見せる。
ポーカーは主に心理戦だ。
相手の出方から手札を見抜き、狙いを手玉に取り勝ちを掴む。
形勢の即断、反応を読む力が必要になる。
最初のゲームは様子見をして観察していたが、この雰囲気だとディーラーも他のプレイヤーも全員グルだ。
実際さっきクガイと話している間に全員入れ替わった、カモとして認識されてる証拠だ。
僕がクガイの代わりに入っても誰も席を立たないのは様子見も込みでカモ扱いを継続してると見ていいだろう。
彼らの狙いは恐らく紅蓮地獄。
世界に三隻しかない海王船、それに海賊の英雄の船とくれば法外な金が動く。
「君たちが紅蓮地獄を狙う理由って、買い手がもう決まってるからなのかな?」
僕の言葉に卓にいるプレイヤー達が動揺するが、互いの顔を見てすぐにニヤニヤ笑いに戻る。
「そうだとして、買うのは誰だと思う?」
「グリダロッドの海軍とか」
僕の返事を聞いて海賊達はゲラゲラと笑った。
「わかってんなら話は早えや、今更降りるなんて言わせねえぞ」
海軍の後ろ盾があるからゆえの強気らしい。
無粋な話だ、勝負事の世界に取引を持ち込むなんて。
「俺たちなら力づくで抜け出すのもわけねぇんだけどなぁ」
ベイルが顔をしかめ歯を剥き出しにして小さく唸る。
「大丈夫、続きをやろう」
僕がそういうとゲームが再開した。
次のゲームでは掛け金が少ない状態で勝った。
3回目はみんなが大きく賭けた状態で勝った。
おそらく僕に勝負を仕掛けさせる為の故意によるものだろう。
ここまでで大体ディーラーや他のプレイヤーの癖がわかってきた。
4回目、ある瞬間ディーラーの表情と仕草が微かに変化した。
いかさま だ、何かしらの方法で手札のカードをすり替えたらしい。
僕は彼らの罠にかかったフリをして掛け金を釣り上げ、見事な大敗をして悔しがってみせた。
自分は勝てるはずなのにという気持ちを隠しているように口元に拳を当ててみせると、コヨーテ獣人は満足げに微笑んだ。
ここからどう転がすかが問題だ。
僕は平静さを失ってるように見せかけ、プラチナコインには手をつけず温存する。
すると次は小さく勝った。
もちろんこれも彼らの仕込みだ。
負けが込んで取り返したい時に勝ち目が見えれば、次に大きく勝ちに出ようとする心理を誘導しにきている。
この次、彼らは僕から大きく金をむしり取りにかかる。狙いはプラチナコインだ。
つまり彼らは絶対に勝負から降りず、なおかつ大きく賭けに出るということ。
今僕の手札はスリーカード、悪くない手だがおそらく周りはこれより上のフラッシュやストレートを揃えている。
僕は手持ちのチップを全部賭けた。
「おい雄馬!いくらなんでも無茶だ!」
流石にクガイから待ったが入った、本気で焦った顔をしていて都合がいい。
「大丈夫、絶対勝てるから」
僕がにこやかにそう答えると、コヨーテ獣人達が愉悦に満ちた顔で笑った。
「では、ショーダウン」
ディーラーの言葉と共に手札を見せると、空気が一転その場にいた全員が唖然とした。
「フルハウス、僕の総取りだね」
僕のスリーカードがフルハウスに差し代わっていたのだから、イカサマした連中には驚きしかないだろう。
僕は何食わぬ顔でテーブルのコインを回収する。
何が起きたのか説明すると、僕がクガイと会話し海賊達が安心した隙を狙った。
まず考えるふりをして袖の下に仕込んでいたカードを 掌に隠す した。
イカサマ師はカモの自信に満ちた顔が絶望に変わるのを見たがる。
勝利を確信し油断した彼らが僕の顔に注意を向けた瞬間、カードをすり替え手札を変えたのだ。
その場に同じカードが出てしまうとすり替えがバレてしまうけれど、そこもディーラーの配るカードの絵柄の傾向から被らない物を予測して選んだ。
ちなみに使用したカードはレイジが以前に闇ルートで入手していた物だ。
3枚だったプラチナコインが18枚になった、額にして1億8000万。
途方もない大金だ、それでもまだ目標の額には足りない。
「ふざけんじゃねえぞテメェ!イカサマだ!!」
コヨーテ獣人が叫びながら僕の胸ぐらを掴んだ。
僕は応戦しようとしたベイルを手で制止する。
「何か根拠でもあるんですか?まさか僕に配った手札と内容が違ったからイカサマ、なんて言うわけじゃないですよね」
僕の返事に周りにいた他の客も反応する。
コヨーテ獣人やディーラーはこの賭場の運営側、クラップスのメンバーと見て間違いない。
それがイカサマで客から金を巻き上げていたなんて知れたら一騒動になる。
クガイの実力を知っている彼らは僕らを力づくで追い出すこともできない。
こうした時、場を収めるため出てくるのは……。
「いやー、実に見事な勝負だった」
そう言って拍手をしながら黒いスーツ姿の壮年の紳士が現れた。
筋骨隆々なゴロツキまみれのこの場にそぐわない姿。
それでいて彼らを畏怖させる切れ味のある存在感。
彼はにこやかな笑顔で僕の顔を見据えた。
隙が無い、獲物を見つけた肉食獣のそれに似た雰囲気。
間違いない彼が賭博海賊クラップスの首領、キャプテンバグジーだ。




