768回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 549:勝負師の駆け引き
カジノの中は元が研究所とは思えないほどアンダーグラウンドな雰囲気だった。
受付で金目のものや道中の戦利品の金貨などを渡してチップに交換する。
狙いの景品を手に入れるためにハイローラーとして入店する必要があり、高額のコインと引き換える事になった。
前の世界でも地下カジノの経験はあるけど、為替レートの高さに驚かされる。
ハイローラー用の最低額のブラックコインでも一枚十万円の価値がある金貨と等価。
金貨袋ひとつで大体一千万くらいの価値、それが虹色に輝くプラチナのコイン一つと交換だ。
中でシーシャ、水タバコを吸ってる人を見かけた。
朦朧としながら恍惚としているその顔が何を吸ってるのかは想像に難くない。
豪華なソファーにバーとエッチな格好のお姉さんお兄さんの接待を受ける海賊達。
いかがわしいお香に魔石、高額そうなお酒などの嗜好品がよりどりみどり、退廃と金の匂いでむせ返りそうな光景だった。
おそらくこの辺りは勝利者が寛ぐスペースなんだろう。
その少し先では死屍累々と絶望に沈んだ敗者の地獄があった。
何人か係員に無理やりどこかへ連れて行かれる。
必死に抵抗しながら泣き叫ぶ姿が痛ましかった。
ベイルはその様子を見て怖気付いたのかあたりをキョロキョロ見渡した。
「雄馬なら心が読めるし、ポーカーなら簡単に勝てるよな?」
「うーん、それはどうかな」
僕は試しにポーカーで勝負している人達の思考を覗いてみたが、手札が何かは見えなかった。
「やっぱり手札がバレないように注意してるから、その意識が壁になって見えないみたい」
「それじゃ運次第って事か?大丈夫なのかよぉ」
「必要な事は教わったから、あとは度胸でなんとかするよ」
そう言って僕はベイルの頭を撫でた。
ハイローラーのエリアに入るや否や騒動が起きた。
クガイを見た如何わしいコヨーテ獣人のギャンブラーが「やーこれはこれは大物のご登場だ!」とわざとらしく大声で声をかけてきたのだ。
「名高きブレーメン海賊団を率いる八武衆、我らが英雄貪狼のクガイ!いやー、お目にかかれて光栄至極」
カジノにいる海賊達の目がこちらに集まり、みんなざわつき始める。
クガイが勝負に乗らないと恥をかかされる状況を作ろうとしてるらしい。
「俺はバグジーと勝負にきたんだ、三下は引っ込んでな」
クガイはそう言うとギャンブラーに対してシッシッと手を振る。
「ここに用があるって事は混沌兵装の御入用だろ?たんまりあるぜ、よりどりみどりだ。まぁお前が臆病者で勝負から逃げなければの話だが」
コヨーテ獣人はそう言うと挑発的な笑みをクガイに投げかける。
「んだとこの野郎、そんなに言うならやってやろうじゃねえか!」
クガイはまんまと引っかかり、コヨーテ獣人が座っていたポーカーの卓に向かう。
僕は彼が座ろうと引いた椅子に割り込んで座る。
「雄馬、こいつは俺の勝負だぞ」
「ここは僕に任せて」
「キャプテンはここの 頭 とやるんだろ、下っ端の相手は下っ端にやらせときゃいい」
ヴカはクガイの肩を掴んでそう言った。
「そういうわけだから」
僕はニッコリしながらクガイを見る。
彼は頭を掻きながら少し考えを巡らせた。
「雄馬にゃ悪いが、大将戦に控えとくのもありか」
「俺は良いとは言ってねえぞ」
コヨーテ獣人は不愉快そうにいう。
僕はテーブルを見てアンティの三倍のチップを積んで見せる。
その事にテーブルについていた海賊達が動揺した。
「どうしたの?やろうよ。それとももっと上乗せした方がいいかな」
そう言って僕はさらにチップを積む。
ちなみにアンティとはポーカーにおける強制的な最低賭け金のこと。
参加者は自分の予算に釣り合うアンティの卓を選ぶのが普通だ。
「お、おい雄馬熱くなんなよ」
ベイルが僕に耳打ちした。
「演技だよ、隙を見せた方がやりやすいんだ」
僕は小声で彼に返事する。
「やりやすい?」
ベイルは首を傾げた。
コヨーテ獣人は初めは驚いていたが、良いカモに当たったとにやにや笑いをし始める。
「出すもの出すならやってやるか」
「クックッこいつはラウンダーだぜ、兄ちゃん運がねえな」
卓についていた他の海賊が言った。
ラウンダーとは賭博を生業にする者の事で、言うならプロのギャンブラーだ。
ただ弱い相手を狙うあたり腕前は控えめだろうし、肩慣らしにはちょうど良い。
ディーラーがカードを配り、僕はそれを手に取った。




