77回目 クソ虫の俺が異世界転生しても誰も救えない
ディガルからフェイルセイフ流の戦闘術の指南を受けながら気づいたことがある。
普通の武器を基本的に使用しながら、鉄パイプは敵の虚を突くために召喚して使うと効果的だ。
敵の足元に突然出現させて姿勢を崩させると効率がいい。
効率がいいのだが殺すための効率がいいのであって、殺さずに相手を制圧するための方法じゃない。
「っていうかおっさん、俺もしかして殺しの方法しか教わってないよね?人間相手の」
俺の質問にディガルは動きを止めた。
フルメイルの下の表情は読み取れなかったがこれまでのやり取りで彼がキョトンとしていることはわかった。その後ディガルは笑いながら言った。
「ああ、そうだな。フェイルセイフは戦うんじゃない、殺すための集団だからだよ。
モンスターじゃなく邪神の力でモンスターより厄介な存在になった人間をな」
「世界の保安を守る仕事なんでしょ?」
「秩序を守らないと都合が悪くなる貴族やら富豪やらが渋々雇ったゴロツキの集団がフェイルセイフの実態だな。
本質的にはギャングやマフィアと大差はない」
木の上からリンゴをかじりながらアッシュがそう言った。
「まぁそういうこった、だからはき違えちゃなんねえ。
俺たちは正義の味方じゃない、かっこつけようなんざ思っちゃなんねえのさ」
聖剣による邪神の封印の解除はもしかして彼らの組織の命令だったんだろうか、
でもそれを問いただしても俺にとって不利益しかなさそうなので黙っておくことにした。
自分にとって困ったことになった時に対処すればいい話だ。
俺にできることは限られている。誰かを救うなんて事できるはずもないんだから。
邪神の眷属による襲撃を受けている都市の情報が入った。
俺達がその場につく頃には都市は戦火に焼き尽くされていた。しかしその様子は邪神によるものというよりも人と人との戦闘によるものに見えた。
フェイルセイフの偵察員からの情報によると、俺たちのいる国アスファルド公国と戦争状態にあるブリクティシア連合国の中隊が進軍中、
邪神の眷属による危機に瀕したアスファルド公国の都市に助けに入り、眷属と戦闘し民間人を避難させていたところ、
アスファルド公国の軍が都市に到着するやブリクティシア連合国軍と民間人を皆殺しにして、証拠隠滅に都市に火を放ったという事だった。
都市を焼く火の熱と蠢く大気の淀みと煙、そして肉と髪の燃える匂いに俺はむせる。
「救えませんね」
マリィは俺の背中をさすりながらそう言った。
「ああ、救えないな・・・」
そう呟くディガルの声も重い、きっとこんな光景を何度も見てきたのだろう。
俺は呼吸を整え、死屍累々を前にしながら鉄パイプを肩に担ぐ。
「行こう、邪神退治に」
焼かれた都市を滅ぼした邪神に侵入された疑いありとされた都市を訪れると、アスファルド公国軍が敵国軍を追い払ったとお祭り騒ぎをしていた。
誰しもが親しげで親切で邪神の気配などないように思えたが、その都市を昔からよく知っているというアッシュだけは怪訝そうな表情を浮かべていた。
俺達は宿屋に住み込みしている少女ティータと出会う。
彼女は滅ぼされた都市に親友がいて二日後に会うのを楽しみにしていた。
もっとここを素敵にしてお迎えしなきゃと意気込むティータに俺はなにもいえずにいた。
夜になると都市の住人の様子が一変した。
歌をぶつぶつと口ずさみ、俺の他にいた宿に泊まっていた客も外を出歩いていたため歌で洗脳されていたらしく
マリィをさらおうとしてもみ合いになり俺は彼にナイフを突きつけられる。
次の瞬間アッシュが彼のナイフを叩き落とすと、ディガルがその巨体で宿泊客を羽交い絞めにし、気絶させた。
アッシュはその都市の住民は互いをいがみ合い憎み合うクズしかいなかったという。
歌で精神を支配する、声の邪神だとわかる。声に支配された人間すべてが邪神の眷属だ、魔法すら使ってくる。
「歌なんてどうやって倒せば良いんだ?」
邪神本体が何かを依り代にしてるはずだというマリィ。
とはいえ何が依代になっているのかてんで検討がつかないまま日中の平和すぎる街を散策していると、
俺はティータが起きている間だけ住民がおとなしいことに気づいてしまい、それを確かめる。
ティータが友達と会うと言っていた日の夜。
彼女は都市にやってきた邪神の影を友達だと言って喜ぶ。
彼女の声帯に邪神が宿っていたのだ。
「みんながわかり合うのは素晴らしいことでしょう?」
ティータは実はその都市の領主の娘だった。
父が命令して彼女の友達の都市が滅ぼされた。
その命令を偶然聞いて知っていながらも現実を受け入れられず、
すぐ友達に知らせなかった自分が友達を殺したと思い込んだティータは発狂して邪神に魅入られた。
邪神の胎動によりマリィの封印開放ができるようになり、キルブレイドの力を開放し鉄パイプが赤く光る。
邪神の操る眷属と化した人間を切り伏せる。
けして体力が優れているわけではない俺でも、フェイルセイフの殺しの技術は容易くそれを成し遂げさせていく。
邪神の影に飲み込まれたティータに近づくと鉄パイプはまたあの時のような黒く禍々しい剣へと変貌を遂げていた。
「救えないのは罪じゃないんだ、君が友達を救えなかったことは誰にも責められる事じゃない」
ティータは目を開くと俺を見た、大粒の涙を浮かべて、無言で嘆願する。
俺は彼女の喉をキルブレイドで突く。
邪神の影は夜の闇に溶けて消え、ティータの記憶もすべて失われ、彼女は赤ん坊のようになってしまった。
その翌日からの都市は邪神による洗脳が解けたためか、人々は争い、奪い、破壊し荒廃していった。
「これじゃ救ったんだか余計なことをしたんだかわからないな」
ため息交じりにそういった俺に。
「最悪よりはましだと思います」
そう言いながらマリィは恰幅のいい紳士に抱えられ馬車に乗り込むティータを指さす。
その顔には笑顔あった。
赤ん坊のようになった彼女は領主である父にあっけなく捨てられてしまった、
しかし彼女が父の陰謀を知りその真偽を確かめるために相談をし、
その結果一部の住人と共に生き延びることのできた戦火に飲まれた都市の住人の一人に彼女は引き取られることになった。
彼女の行いの全てが無駄だったというわけではなかった、最善ではない、だけども最悪ではない結末。
誰一人救うことのできなかった俺に比べて、彼女は立派に成し遂げ希望のある明日へ凱旋するのだ。
俺達はティータを乗せた馬車が見えなくなるまで彼女を見送った。




