761回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 542: 怨嗟の残火
僕らの船は金の魚の回転方向に合わせて移動を続けた。
魚がまっすぐに泳ぎ出し、直進を続けていくと岩礁にさしかかった。
「ここが目的地?」
「何もないなぁ」
ベイルが不思議そうな顔であたりを見回した。
先に進もうにも海から突き出た岩の群れに阻まれて進みようがない。
「まぁ見てなって」
クガイはそう言いながら、金の魚の入った桶を持ち上げた。
船が少し先に進むと、岩礁に船が乗り上げるギリギリの辺りに空中に浮かぶ黒い影が見えた。
「空中に鍵穴が浮いてる」
扉はないが確かにそれは鍵穴の形をしていた。
クガイは船首に立ち魚の入った桶を鍵穴に近づける。
すると金の魚が鍵穴に向かって跳ねて中に入り、前方の空間が歪み進路がひらけて高速で船が引っ張られはじめた。
まるでワープみたいに周囲の光景がビュンビュン後ろに通り過ぎていく。
僕らは船から振り落とされないように必死にしがみつく。
「これはなんなの!?」
「海賊しか知らない抜け道ってやつさ」
「この方角、お前まさかこの戦力であそこに行くつもりか!?」
ガフールさんが動揺した様子で言う。
「流石に気づいたか」
クガイはそう言うとにやりと笑う。
「なんだか嫌な予感がしてきたにゃー」
リガーが浮かない顔でそう言うと、彼の足元から黒いタールが泡を吹いて滲み出しているのが見えた。
「リガー!ごめん!!」
突き飛ばしていたら間に合わない、僕は彼を蹴り飛ばす。
同時にタールが噴出し巨大な海蛇の頭へと変わって僕の足を掠めた。
「なんだぁこの化け物は!?」
クガイはそう言うとボレアースを引き抜き暴風と氷柱の弾丸で海蛇を船から遠ざける。
しかし海蛇は鎌首を持ち上げ僕らの船を追跡する。
しかもどんどんその数が増えて、海が黒く腐っていく。
黒いタールのような体表と赤く燃える瞳の巨大な海獣の群れ、まるで地獄から這い出た悪魔のようだ。
「シーサーペント……邪神族だ、どうやらラヴォルモスに勘付かれたようだな」
ガルギムさんが言った。
狙いはクガイの宝輪だろう、他の宝輪を集める事で絶海に何かが伝わってしまったのかもしれない。
甲板の船員達にシーサーペントの放つ巨大なトゲが襲いかかる。
「使ってみるか」
クガイは火の指輪を掲げセントエルモの火を灯し、周囲に影霊を呼び出し渦巻くそれらの力でトゲから船員を守る。
前方にも現れたそれらを操船で回避し、帆を全開にした。
「一気に突っ切るぞ!!」
船がさらに加速する中、追いかけてくるシーサーペントの群れを主力部隊で撃退しながら進む。
敵が一匹防壁を抜けて船に攻撃する、それに巻き込まれガルギムさんが吹き飛ばされた。
ガルギムさんの仮面が吹き飛び、彼は大量に吐血して甲板の外に出る。
彼を助けようとした船員たちは、飛び散った彼の血が強力な酸になり船を溶かすのを見てたじろぐ。
僕は側にあった鉤爪付きロープを手にして走る。
「ガルギムさん!!」
僕は船の欄干に鉤爪を引っ掛け腰にロープを巻き飛び出す。
シーサーペントの攻撃を交わし、すんでのところで彼を抱き止めることに成功した。
彼の体から吹き出した血が僕の肌を焼き強烈な痛みが襲う。
「んぎぎ……離してたまるかぁ!」
「雄馬君……」
仮面の下のガルギムさんの顔は形容し難い異形の姿をしていた。
しかし彼が心配そうな顔で僕を見ているのはわかる。
「大丈夫、絶対に助けますから」
滝のように脂汗を流しながらも、僕は強がって笑顔を見せる。
ガルギムさんは僕の言葉に目を潤ませた。
「ああ……なんという」
彼はそう言いかけ一呼吸して、包容力のある笑顔で僕を見た。
「すまない、恩にきるよ」
「雄馬ぁ!すぐ引き上げるからなぁ!!」
ベイルを筆頭にみんなが集まりロープを引き上げ始めた。
「みんなありがとう!」
「人の温もりを感じるのは久しぶりだ、君はとても暖かい」
ガルギムさんは僕をギュッと抱きしめ目を細めると、噛み締めるようにそう言った。
「僕でよければいつでもハグしますよ」
「そうだな、この旅の終わりにまたお願いするよ」
甲板に這い上がる頃にはなんとかシーサーペントを振り切ることに成功したようだった。
目的地に近づいて来たのか速度が落ち、景色が見え始めた。
空が鉛色に変わり、黒い雪が降り始める。
雪がふれたものは腐敗して朽ち果ててしまうらしい、一息ついたリガーが食べようとしていた干し肉が腐りそれを口にした彼が悲鳴をあげた。
クガイが火の指輪で影霊を操り船に雪が落ちないように守る。
腐り崩れた無数の島々、よく見ると戦火の跡も見える。
「戦争に巻き込まれた島々だ、住民は戦火とこの雪でみんな死んだ」
ガフールさんは苦々しそうに呟く。
「ここはどこなの?」
「軍事国家グリダロッドの領海だ」




