759回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 541:海王の眼
翌朝僕はベイルに執拗にねだられ、一日ベイルと手を繋いで行動する事になった。
今僕らの船は停泊中だ、みんなおもいおもいの事をしてゆったり過ごしている。
そんな中を手を繋いで歩けばもちろん人目を引くわけで。
みんなが不思議そうな顔で僕らを見るのが少し恥ずかしいけど、ベイルは上機嫌で鼻歌を歌い尻尾と手をブルンブルンと振り回している。
こういうとこが子供っぽいんだけど可愛いから胸に秘めておく事にした。
みんなそんな僕らを見て笑っていた。
「カワーバンガー!!」
唐突に亀獣人達が叫び、サーフボードで波に乗って駆け抜けていった。
ブレーメン海賊団のメンバーだ。
カワバンガはネイティブアメリカンの言葉を由来とするサーフィン用語で「行くぜ!」とか「やったぜ!」という意味がある。
サーファーがそれを言うのはおかしな事はないのだけど、亀獣人が集団でそれをやるのは不思議とソワソワするものがある。
「おい雄馬、手離れてるぞ?」
ベイルはそういって拗ねた顔をして手を差し出している。
握ると彼は満面の笑みになって思わず胸が暖かくなった。
「可愛いねぇベイルは」
そう言いながら頭を撫でると、彼は不貞腐れた顔をした。
「子供扱いすんなってのによぅ、ぷーっ」
そういって僕の腕を抱いて肩に顔を押し付けてきた。
どうやらみんなに見せるタイプのマーキングをしているみたいだ。
となると本命はクガイかな?なんて思っていたら、彼は当然のような顔をして僕を抱き抱えて紅蓮地獄の甲板に飛び乗った。
紅蓮地獄の船員がみんな釣りをしていて僕らは少し面を食らった。
「釣り大会でもしてんのかな?」
「うちのキャプテンに頼まれたんでさぁ、この先に進むのに必要な魚があるとかで」
そう言って船員が餌につけているのは穴を開けた金貨のようだ、ルアーの代わりかなにかだろうか?
彼自身疑問があるらしく首を傾げながら釣り糸を海に投げた。
「なんか面白そうだな」
「クガイを探して混ぜてもらおっか」
僕がそう言うとベイルはニシシと笑った。
少し見回したらクガイの巨体がすぐに見つかった、彼は船首で釣っているようだ。
「よぉー、釣れてるかぁー?」
ベイルが僕と腕組みをして大きな声を出してクガイに声をかけた。
「おう、お前らか。残念ながらまだボウズだ。どうだいお前らもやってかねえか」
「お言葉に甘えて参加しちゃおうかな、ね、ベイル」
「お、おう。ちぇっ無反応とかつまんねーの」
ベイルはクガイのリアクションに不服そうに口をすぼめてすねた。
僕は苦笑いしながら彼の後頭部をわしゃわしゃとなでてクガイの隣に座った。
「コツとかある?」
「小手先技じゃ掛からねえよ、親父は海の意志に触れとか何とか言ってたがよくわかんねぇしな」
「そんなんで釣れんのか?」
「さてなぁ、だから総出でやってんだよ。三つの岩の柱の真ん中だから場所はあってるはずなんだが」
総出という割にはちょこちょこ遊んでる船員もいるようだけど、そこも含めて彼ららしい所かも。
周辺を見てみるとたしかに海から突き出した三つの大きな岩が紅蓮地獄とパラディオンを取り囲んでいる。
生命力探知で探ってみると岩の柱が描く三角形の中には切り抜いたかのようになにも生き物の気配がない。
確かに何かありそうな場所ではある。
「今探ってみた感じここには一匹も魚いないみたいだよ」
「クリーチャーだからな、生命力をたどっても引っかからないだろうさ」
「こりゃ思ったより骨が折れそうだなぁ」
そう言いながらベイルは釣り糸を海にたらす。
僕も釣り針に金貨をかけて海に投げた。
海の意志に触れる、か。
僕は目を閉じて神経を研ぎ澄まし、釣竿と糸を通して海に意識を集中してみた。
風と波を感じながら目を閉じる。
海の温度やうねり、遠くから響く命の営みが伝わってくる。
僕の意識は吸い込まれるように海の深くまで潜っていく。
やがて光が届かなくなり、闇の中に何か大きなものの脈動がある。
闇の底をじっと見つめると、巨大な何かの目が僕を見つめていることに気づいた。
テンペスト島で出会ったペストマスクのお爺さんに似た雰囲気がある。
おそらく水の竜、海王の瞳だ。
「おい雄馬!!」
ベイルの声ではっと我に帰ると、僕の釣り竿が小刻みに引っ張られていた。
「かかったか!おいみんなこっちに来い!!早く!!」
クガイが慌てて船員たちを呼び寄せる。
突然グンッとすごい力で竿が海に引っ張られ始めた。
「うわわっ!引き摺り込まれる!?」
マグロでも釣ったかのような途方もない重さの当たりだ。
踏ん張ってもずるずると海に引き寄せられてしまう。
「絶対離すなよ!みんな雄馬の体と竿を持て!一緒に釣り上げるんだ!!」
釣竿と僕の体をみんなで引っ張る妙な体勢に入った。
「うんとこしょ!どっこいしょお!!」
みんなでどこかで聞いたような掛け声をかけながら竿を引っ張る。
丈夫な竿だなと感心していたら、ひっこぬけたように手応えがなくなり、釣り針に食いついた金色の魚が高く舞い上がった。
「ダルマー頼む!」
「よっしゃあ!任せろ!!」
巨漢のセイウチ獣人ダルマーさんが筋肉をバンプアップさせ体を一回り大きくした。
彼は空から落ちてくる金の魚を見据えてキャッチ。
「むゔんッ!!」
ダルマーさんは筋肉を膨張させ汗を流し血管を浮き上がらせ受け止めた。
金の魚の重みで紅蓮地獄がぐらりと揺れる。
みんなで魚を見に行くと、あんなに重かったのに長さ20センチの普通の大きさの魚だった。
ただその金色は日差しを反射して眩しいほどに輝いている。
海水を入れた桶に金の魚を入れると、右回りに渦を巻くように泳ぎ始めた。
「間違いねぇ、本物だ」
クガイはそう言うと「出発するぞ!準備急げ!!」と叫ぶ。
その号令と共に甲板の船員達が慌ただしく動き始めた。
僕はさっき見た幻影のことを思い返しながら、金の魚が泳ぐ様子を眺めていた。




