757回目 ラストノート
1
大学生三年の 五十嵐 花紋 は買い物に行く途中、ある公園でふと足を止めた。
周りには誰もいないのにどこか懐かしい香水の匂いがした。
記憶を辿りその香りの持ち主 雨夜 なつき を思い出すと、彼女と最後に会った高校一年のある日にタイムスリップしていた。
高校時代の自分の姿になっている事、眼前で何かを待っている様子の夏希がいる事に戸惑う花紋。
しかし戸惑いを凌ぐ過去の後悔が彼の心の脈を早めていった。
記憶通りならこの公園から帰る途中、なつきは通り魔に襲われて死んでしまう。
あの時勇気を出してデートに誘ってたら事故で死ななかったかもしれない。
失敗して嫌われるのが怖くて誘えなかったことをずっと後悔してきた。
花紋は嫌われたって構わないと覚悟を決め、なつきをデートに誘った。
案の定行く先々で失敗だらけ、なつきにフォローまでさせて惨憺たる有様だった。
でもデート中も終わってからも何故か彼女は満足そうで、理由を聞くとずっと花紋が楽しそうなのが嬉しかったからだという。
なつきが生きていてくれる、それだけで嬉しくて確かに楽しかったけれど。
なんだか複雑な心境になる花紋。
なつきからまた行こうねと言われ、彼女の笑顔を見つめながら瞬きをすると現代に戻っていた。
目の前には現代の彼女の姿、今日はデートに行く途中だったのだ。
花紋は泣きそうになり、夕日が目に染みてと誤魔化す。
なつきはそんな彼にハンカチを差し出しながら、キザなこと言うには10年早いかもねと茶化すのだった。
2
ある日の休日、新作映画のレンタルを借りるついでに旧作映画のコーナーを物色していた花紋は、パッケージに何も書かれていない白紙の映画を見つけた。
ケースから取り出してもメディアに印刷すらない奇妙な作品。
気になって借りて見てみるとそれはタイムスリップを題材にした映画だった。
花紋はそれが中学時代にハマって学園祭で舞台も演じた映画だと思い出し、気がつくと再び過去に飛ばされていた。
今度は中学校時代の自分になっていた。
なつきの香水の匂いで過去に行って、今回は映画を観ていて過去に。
白紙のパッケージになっていたことから察するに、映画も何らかの形で存在しなかった事になったのかもしれない。
映画を成功させないと元の時代に戻れないかもしれない。
花紋映画に出ていた人物や作風や撮影場所や時事ネタから予想して元の時代に戻るために奔走する。
花紋はなんとか役者に会うことができた。
しかし話を聞いてもらえず立ち去られてしまい途方に暮れていると、今の話興味があると怪しいおじさんに声をかけられた。
一応事情を説明すると、おじさんは馬鹿にすることもなく真面目に考察し何が起きてるかの推察を花紋に語った。
花紋は自分がなつきを救うことで歴史を変えてしまったのかもと不安がるがおそらくそれはないと言われる。
過去改変をしても歴史の修正力がそれを正すと言われていて、失われた時間の断片を見て過去に行く君はまさに修正力そのものじゃないかと言われる。
おじさんの正体は実は映画の脚本家だった。
彼に映画の内容を聞かせて欲しいと言われ内容を話していくと彼は頭を抱えた。
映画の内容は鬼プロデューサーの意向を完全に無視して監督と脚本の目指していたほぼ理想通りの内容にしていたらしい。
通るわけがないよそんなのと彼は言った。
花紋は脚本家に頼みプロデューサーの意向にそぐわない部分以外の撮影を進めてもらって、中学の仲間に声をかけて演じて見せる事に。
仲間に脚本を読ませるとみんなどハマりして夢中になって劇を仕上げていく。
花紋たちは小劇場を借りて鬼のような顔をしたプロデューサーを前に演じて見せる事に。
プロデューサーは劇に対して稚拙なみるに耐えない舞台だったと言う。
だが演者が心底脚本に惚れ込んでいる、小道具や背景なども中学生が短期間で作ったとは思えない出来栄えだった。と続けた。
形にして見てみるとなかなか悪くない、プロが映画にしたらどうなるか見て見たくなった。私の責任で好きにやらせる事にしよう。彼はそう言って脚本家を見た。
「失敗したら君たちも私も地獄行きだが、覚悟は?」
「この子達がここまでしてくれたんだ、命懸けだろうがどんとこいですよ」
「明日から急ピッチで方針転換だ、泣き言は許さないからな」
脚本家はその言葉に苦笑いを浮かべながら、花紋たちに感謝を述べるのだった。
その後中学の仲間と出来上がった映画の試写会に向かう途中花紋は未来に帰った。
自宅のベッドで目が覚め、レンタルしたメディアを見るとパッケージがちゃんと表示されていた。
万事うまく行ったのに少し寂しい気持ちになっているとスマホにメッセージが。
中学の仲間達からのあの映画のリバイバル上映を見に行かないかという誘いだった。
3
大学を卒業し地方出版社に就職した花紋はある未解決事件の今について調べることに。
しかしどう調べても情報が出てこない。
挙げ句の果てに上司は違う仕事を自分に振っていたはずだと言い出す始末。
もしかしたらまた以前と同じ過去改変が起きてるのかもしれない。
花紋はある大学図書館で新聞記事を調べ、歯抜けに白紙になった一面記事がある事を突き止める。
かろうじて理解できた日付と場所を頼りにその日何があったのか現場を見に行くと、事件の痕跡を見つけ、花紋の記憶の中の事件が鮮明に甦り突然空が暗くなり雨が降り出した。
花紋の服装が変わり、スマートフォンを見ると昼間のはずが夜に、年月日から過去に移動していることに気付く。
小学生の花紋に警察官の青年が話しかけてきた。
事件の捜査に行き詰まり現場を再確認に来たのだという。
青年の話を聞くと未来に伝わっている情報と大きな齟齬がある事に気づいた。
未来は過去にあった出来事の情報がごっそり改竄された状態で伝わっているのだ。
それが過去改変によるものか元からだったのかはわからないが、ほっておくとなにか恐ろしい事になりそうな予感がして花紋青年の調査に未来知識を使い協力する事に。
改変された記憶なんて役に立たないような気がしたが、改変後と過去の正しい出来事を照らし合わせ、誰が何をいつどういう風に何の為に改変したのかが逆算できる事に気づく。
記録改変や裁判での偽証を暴いたり、歴史を正しく修正していく事で次第に花紋と青年に黒幕と思しき存在による攻撃が始まった。
攻撃を何とかやり過ごし、暴き出した黒幕はある政治家の娘だった。
交際相手を殺したことを隠す為に目撃者や関係者を脅迫し殺害して、親のコネを使って記録を改竄させた。
なつきが最初に殺されたのも、映画が頓挫したのも、彼女の過去改変の影響だったとわかる。
彼女に自白させる事に成功した花紋の前に一人の男が現れた。
彼が彼女に入知恵をして過去改変をさせたという。
彼は花紋いるよりもずっと先の未来、人類の滅亡が確定した時代から来たのだという。
人類の滅亡を阻止する為に過去の改変をしている、主人公が守っているのは人の滅ぶ間違った歴史なのだと彼は言った。
花紋は自分は凡人だから世界が正しいとか間違ってるなんてわからないが、歴史の修正力に自分が選ばれた理由は今わかったと答える。
それを聞いた男は冷たい目で花紋を見ると「卑下する必要はない、君は立派に英雄の素質を見せた」と呟くと静かに幻のように姿を消した。
現代に帰った後、花紋は滅びゆく未来との対決の覚悟を決める為、自分に与えられた役目、壊れた世界の断面が見える能力に名前をつける事にした。
全ての始まりである香水の残り香にちなんで「ラストノート」そう名付けた。




