755回目 ミッシングトリガー
記者のAはAIを使い自分が幼少期から幸せに暮らす動画を作り辛い思い出を上書きする様にそれを鑑賞するのが趣味だ。
しかし異変が起きる。
動画で見た通りに現実が改変されて人間関係やアルバムも変わりはじめたのだ。
自身の精神疾患を疑い医者の診察を受けるA。
しかし今までの自分の人生が思い込みだったんじゃないかと精神科医に言われてしまう。
覚えのない古傷が体にできてたり、動画外の自分の記憶にない出来事まで発生したという痕跡や記録が現れ始める。
動画を見ればもしもあの時こうしたらこうなっていたらが叶い過去のトラウマは癒やされる。
しかし今の自分を構成するものが全て嘘として置き換わっていってしまうのだ。
ふとAは気づく。
他人の人生を捏造したらどうなる?
他人の人生を変える事で自分の人生を変えれば、自分自身は嘘にならずに済むんじゃないのか?
しかしそれは他人の人生を否定し消滅させる事だ。
Aはいっときの気の迷いと割り切り生活を続けていった。
しかしAにとって動画制作は半ば依存症となっていてやめられなかった。
心が辛くなるたびに彼は人生の書き換えと自身の喪失を繰り返し続ける。
失った自分の人生は医者から貰った薬で気にしないようにする不健全な生活を続けていた。
ある日、恋人を失ったトラウマを持つ殺人事件の被害者を取材することになった。
Aは彼女の人間的な魅力に惹かれ、取材対象の女性と交流し親密になっていく。
しかし親密になるほど彼女が精神を病んでいるのが浮き彫りになる。
彼女が薬漬けでなければ社会生活できない事を知り、Aは彼女の過去を動画で改変する。
彼女は事件に巻き込まれずに済み、Aとは会わなかった事になった。
死ななかった恋人と幸せそうに買い物をする彼女の様子を横目に一人歩くA。
Aはその過去改変動画で一つ気づいたことがあった。
どうも改変した過去にAの知らない第三者が介入し、その人物の行動により過去改変が起きている様なのだ。
彼は実在する人物なのか?
嘘として消える自分、過去改変により存在感を増していく彼。
いつか入れ替わりが起きてしまうのではないかと不安になり出したAは「彼」の所在を探し始める。
そんな中覚えのない未解決の殺人事件の記事を編集長に見せられる。
犯人についての手掛かりが匿名の投稿で送られてきたから取材してきて欲しいと言う。
なんだか様子がおかしい、Aはそう感じた。誰かに誘き寄せられている様にも思える。
しかしAは真実を知るためあえて誘いに乗る事にした。
場所はAの故郷だった所。
今では動画の通りの地名になっている場所だ。
故郷に近づくにつれAをさまざまな障害が襲う。
それは動画により改変された過去のAと禍根を持った人や、過去のAが犯した過ちを元にした障害。
動画の外で発生していたAの人生の変化の部分だった。
まるで大罪人の様にかつての知人友人や親戚に攻め立てられ下げずまれ、見ず知らずの反社会的な集団にまで襲われる始末。
動画の中のAはあんなに幸せそうだったくせに、これじゃ前よりずっと悪い。
Aは変わってしまった自分の人生の暗部に肩まで浸かり命まで狙われながら「彼」の痕跡を辿り、ある場所へと辿り着いた。
それは森の中の寂れた小屋だった。
追っ手から逃げながらそこに飛び込んだAは、小屋の調査を始める。
調査が確かならば、殺人事件の犯人のいた小屋らしい。
現状を変えるには「彼」に会うしかない。
そこで見つかった犯人の視点から見た過去は、不思議な事に改変後の世界のAの記憶を埋め合わせる内容だった。
犯人の残した記録を見ると、過去改変でAが無くしたもの、壊れた人間関係古傷の原因が殺人事件時の「彼」の行動によるものだと判明する。
Aは小屋の絨毯をめくるとそこには地下に向かう扉があった。
知らないはずのそれをAはなぜか知っていた。
地下室にはガソリン式の自家発電機とPCがあった。
発電機を使い電源を入れると使い慣れたAI動画作成アプリが起動した。
PCにはAの本来の過去が動画として再生されていく。
懐かしさに泣くA。
辛いこと、悲しいこともあったが、それでも愛しいと思える過去がそこにあった。
動画が終わり、PCの電源が落ち。
暗くなった画面に自分の顔が映る。
そこには見覚えのない男の顔があった。
Aは全てを思い出した。
小屋に火が放たれ、彼を恨む集団の怒声が響く。
「彼」は地下室に用意していた武器を手にするとPCを叩き壊し、薄暗い笑みを浮かべながら地上に続く階段を登っていった。




