754回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 538:一衣帯水
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数時間後、クガイに打ち合わせをしたいと言われて紅蓮地獄の甲板に行くと、彼に飛びつかれた。
「ミサゴの雰囲気が変わったみたいなんだけどよう、影牢島で何があったんだ?」
クガイは僕の肩を掴んでウキウキした様子で質問してきた。
ミサゴのプライベートに踏み入った話になるし、どう答えたものか。
クガイはどうも色恋的な話を期待してるようだ、誤解だけ解いておこうかな。
「少なくともクガイが思ってるようなことはなかったよ」
「なんでぇ、もったいつけちまってさ」
クガイは不貞腐れて口をすぼめてみせる。
「だっしゃあ!この腐れ外道どもが!!」
突然料理長の怒声が響き、船内への入り口から数人のドブネズミ獣人が甲板に吹き飛ばされてきた。
甲板で積み上がり山になった彼らはお腹が膨れ上がっていて、満足げな顔でげふーとゲップした。
「キャプテン、連中のつまみ食いで今日の晩飯にしようとしてた肉が全滅しちまったんだが」
「なにぃ!?そいつは困るぜ、今日は豪勢にやろうと思ったのによう」
「ずっと豪勢な食事な気もするけどね」
笑いながら調理場を覗き込む。
「確かに豪勢な食事を作るには心許ないけど」
残ってるのは子牛のスネ肉、骨もついてる。
閃いた!
「ダルマーさん、今晩の食事は僕に任せてもらえませんか?」
「ん?まぁかまわねぇけど、どうすんだ?」
「まぁ見ててください。ようし、久しぶりに腕によりをかけて作っちゃいますか!」
という事で僕はみんなにイタリア料理のオッソブーコを作った。
スネ肉のついた牛骨ごと輪切りにしてトマトやブイヨンなどで煮込んだイタリアミラノの煮込み料理。
チーズリゾットの横によそってソースをかけて、彩りにパセリを散らして完成。
「というわけで、召し上がれ」
「なんで俺に直渡しにくるんだ……恥ずかしいんだが」
ミサゴはなんだか周囲の目を気にしてドギマギしているようだ。
「ミサゴに最初に召し上がって欲しいんだけど……だめ?」
僕は全力でぶりっ子しながらミサゴに迫る。
「う……そこまで言うなら……」
ミサゴは照れくさそうに頭を掻くと受け取って肉を一口食べてくれた。
「肉が舌の上でほろほろにほどける、味付けもまぁまぁだ」
「骨髄もスプーンで掬って食べてみて」
「食えるのか?」
うなづいて見せると彼は恐る恐る脊髄をスプーンで掬い口に運ぶと目を丸くした。
「どう?」
「こんなの初めて食べ……悪くない、人間にしちゃやるじゃないか」
ハイテンションなリアクションを途中で抑え、彼は驚いた顔で僕を見た。
「えへへー、ありがとう」
手応えバッチリで楽しくなりながら僕も料理を口に運んだ。
骨髄の濃厚な脂の旨みが口いっぱいに広がる。
脂の塊のようなものだからこれだけじゃくどくなってしまうのだけど、肉やリゾットを一緒に食べる事でその味わいを引き立て華やかにしてくれる。
僕とミサゴ、二人で協力し合えた記念に作ってみたのだ。
骨髄と肉を一緒に食べ、この料理に込めた意図に気付いたのか、ミサゴは顔を赤くして照れくさそうな恨めしそうな顔で僕をみる。
「お前……意外とキザな事するんだな」
彼の反応が嬉しくてニヤニヤしていると、ミサゴは翼を広げて僕とミサゴの上半身を隠し、僕を強く抱きしめた。
「いきなりどうしたの?」
「……お前が悪いんだぞ」
そう言うと彼は僕を愛しげに見つめてキスをした。
呆気に取られている僕を尻目に彼は何食わぬ顔をして離れて翼を畳む。
周囲に集まっていた野次馬達が一斉に知らんぷりをした。
ミサゴは戸惑っている僕を見てしたり顔をして、近くにあった三角帽子(海賊お馴染みの帽子だ)を目深に被り赤くなった顔を隠してそっぽを向いた。
いきなりのキスで驚いたけれど、彼の態度がなんだか可愛くて笑みが溢れてしまった。
「ゆーまぁ、浮気してないよなぁ?」
近くにあった樽の影からぬっとベイルが現れた。
「へへ、そうだベイル。食後のデザートがあるんだよ」
「笑ってはぐらかそうったってそうはいかねぇんだから……なんだ、良い匂いだな」
僕は持ってきていた瓶の封を開けてジョッキに注ぐ。
甘くて香ばしい香りが漂ってベイルはそちらに意識を取られた。
「酒か?匂いはいいけど真っ黒だ、飲めるのか?」
「どうかな?試してみて」
「ふーむ……」
ベイルは興味津々な様子でジョッキに口を近づけ、液体を口にした。
「うまっ!なんだこれ」
「胡桃の果実酒ノチーノだよ。ナイフで切れるくらいの青い胡桃を半分にして、カラメルソースとシナモン、クローブ、バニラビーンズを入れてウォッカに漬け込んで数ヶ月寝かせたやつ」
「インガの子分が得体の知れないもの積んできやがったなと思ったらそんな酒だったのか、ゴミかと思って捨てるとこだったぜ」
ダルマーさんはノチーノに舌鼓を打ちながら言った。
「それじゃみんなに配ってくるから」
そう言ってその場を離れ船員たちに料理を配っていると、ミサゴが他の船員とぎこちないながらも会話している姿が見えた。
船員達もミサゴと話せるのが嬉しい様でわきあいあいとした雰囲気、その中心で彼は戸惑いながら控えめな笑顔を見せた。
僕はそれを見てなんだか胸が温かくなった。
ふとガフールさん達の姿が見えない事に気づき、僕は大量の料理とお酒を持ってパラディオンの甲板に向かった。




