752回目 星の円環(サークル・オブ・スターズ)
私立高校に通う坂城仁也にはある癖があった。
時々ひどく寂しい気持ちになり、高い場所で空を見上げ天秤座の方角を見つめると気持ちが安らぐのだ。
仁也が放課後に屋上で空を眺めていた時、同じクラスの佐倉ゆなが現れた。
仁也と同じ方角を見上げる彼女にわけを聞くと、彼女も仁也と同じ理由で時々空を見上げているのがわかった。
実は仁也が空を見ているのをゆなは何度も見かけていて、今日は勇気を出して話しかけるのが目的だったと笑う。
それ以降二人は友達になった。
二人は寂しさと空を見上げてしまう事の理由を知るため互いの秘密を共有することにした。
仁也はどこかの滅びかけた惑星の悪夢を繰り返し見ている秘密、ゆなはスプーンを曲げたりコップを少し動かす程度だが超能力がある秘密。
それはたわいの無いごっこ遊びのようなもので、二人にとって互いの繋がりを確かめ合うための口実でしかなかったのだけれど、彼らにはそれが何よりも大切な時間になっていった。
いつも理由もなく他者からの疎外感を覚えていた仁也は、ゆなとの関係に安らぎを感じていた。
コロコロとよく笑う彼女が不意に見せる悲しげな顔をいつか自分が笑顔にできたらいいと、そう望むようになっていった。
ある日ゆなはテレパシーを使って仁也の夢の正体を突き止めてみようと提案する。
実はテレパシーなんて使えたことはなく、彼女にとってそれは仁也と額を合わせキスをするための口実だった。
しかし仁也と額を合わせたゆなは青ざめた顔で仁也を見た後、何かを否定するように首を横に振って逃げ帰ってしまう。
仁也は家に帰ったあとゆなの事を気にかけながらも、額を合わせた直後から何となく自分にも超能力ができそうな気がして、ベッドの上で寝そべりながら机の上のコップに手を伸ばすとそれを砕くことに成功してしまう。
翌日仁也はゆなが誘拐され行方不明になった事を知らされた。
仁也は必死にゆなを探して回ったが手がかりすら見つからず、時間が経つほどにみんなが事件を忘れ、ゆなが最初からいなかったかのように振る舞い出した。
仁也はそんな中でたった一人世界に置き去りにされたような気持ちになっていった。
時間が経つほど過去に落ちた影が大きくなり、世界と自分との間に生まれた溝が深くなっていくのを感じながら、彼は体裁を整え嘘の自分を見せるのが上手くなっていった。
大学生になった仁也は、街中でゆなの姿を見つけて彼女を追いかける。
日が落ち暗くなる中、人目を避けるように裏路地を縫い、廃ビルの屋上に向かった彼女は空を見上げていた。
その視線の先には天秤座がある。
ゆなだ、確信した仁也は彼女に声をかけようとした。
ゆなは寂しそうな顔をして、全身を淡く光らせると異形の化け物へと姿を変えた。
彼女は唖然としていた仁也に気付き、久しぶりだねと声をかけた。
彼女は今はある組織のために人殺しをしているのだと言い去っていく。
仁也はそれを止めたくて彼女を追い、あれから鍛えていた能力で彼女の邪魔をした。
ボロボロになりながらも彼女が電波塔を破壊しようとするのを止め説得する仁也。
そんな彼を見てゆなは動揺する。
「このままじゃ死んじゃうよ、やめてよ」
戸惑う彼女の変身が解け、和解できると思った矢先。
一人のコートの男が二人の間に割って入る。
彼は仁也を見るや鬼のような形相で変身し、仁也を殺そうとする。
「グリーゼの殺戮者、お前にここで生きる資格は無い」
男の圧倒的な力の前になすすべなくやられ、首を絞められ朦朧としていた仁也の目に悲痛な顔でコートの男を止めようとしているゆなの姿が映った。
「そうだ俺はあの子を笑顔にしたくて……」
そう呟いた仁也の中で何かが脈動し、彼の姿も異形に変身した。
男は主人公の姿を見て「ヴァンダイク……ッ!!」と叫ぶ。
怪人化した仁也は男を撃退し、ゆなは男について去っていってしまった。
仁也は変身後に朧げに今の自分になる前の記憶が蘇り、ある装置を作り天体望遠鏡をハッキングしてある惑星を観測した。
天秤座にある惑星グリーゼ、人類が生存可能と言われているハビタブルゾーンにあるその星にはすでに文明がある。
観測情報から計算するに生き残りは5億人。
「殺戮者……か」
仁也はそう呟くと顔を顰めた。
仁也とゆなは元はグリーゼにいた異星人だった。
ある理由で魂だけを地球に転送し、こちらで地球人として生まれ変わったのが彼らの真実だったのだ。
ゆなと共にいた男は恐らくカーマインという人物の転生体だ。
ゆなの前身であるアイビーとカーマインは、恋人関係だった。
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20年前。
太陽系外惑星グリーゼは気候変動と度重なる戦争により滅びかけていた。
彼らは惑星人口60億人で地球に移民しようとしていた。
しかし物質転送は不可能、軌道エレベーターを用いて惑星上全てを範囲とした霊子転送装置、『 星の円環 』を使った全人類転生計画を発動させた。
軌道エレベーターを用いた惑星規模の転送装置『星の円環』の作成。
計画は順調に進んでいた。
転送の際、磁気嵐や太陽風など影響で霊子の変質を起こす可能性があるため、保護の為に霊子をパッケージする強化霊体が用いられた。
それは転送後の地球でグリーゼ人に怪人化の能力を与える強化服の役割も果たす。
怪人化したグリーゼ人の力ならば計画の障害となる残りの地球人達を滅亡させることができる。
星の円環の研究者ヴァンダイクとアイビーはただの移民計画のはずが侵略にすり替わっていく事を憂慮していた。
二人は互いに惹かれあっていたが遺伝子の相性が悪くグリーゼの法律で結婚を禁じられ、彼女と遺伝子的相性であてがわれたカーマインが恋人になった。
カーマインは一目でアイビーを好きになり彼女の気が引きたくてあらゆる努力を惜しまなかった。
しかしアイビーはいつも悲しげに笑うだけ。
カーマインはそんな彼女の態度に苦しみつづけ、ふとした時にヴァンダイクと会話する彼女の自然な笑顔を見て嫉妬に狂い始める。
ヴァンダイクの上層部への説得で地球人を全滅させる移民計画は見直しになりかけた。
しかしカーマインの妨害によりヴァンダイクがカーマインに恋人を取られた嫉妬から星の円環を破壊しようとしていると嘘をつかれてしまう。
そのうえ彼ははでっちあげのテログループのリーダーに仕立て上げられ拘束される事に。
ヴァンダイクは潔白を証明し地球侵攻を食い止めるわずかな可能性にかけて、自ら死ぬ事を選ぼうとする。
しかしカーマインはヴァンダイクの全てを蹂躙しようと地球侵攻作戦を実行に移す。
ヴァンダイクは彼の身を案じたアイビーにより逃がされ、彼は地球を守る為に星の円環を破壊する事を選ぶ。
転送が開始された状態での星の円環の破壊によりグリーゼの60億の人々を置き去りに、宇宙ステーションにいた関係者とともにヴァンダイク、アイビー、カーマイン達だけが地球に転送されてしまったのだった。
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匿名の協力者により昨今の地球の環境変動を招いている異星からの来訪者の存在を知った公安は対策班を結成。
来訪者達をスカンジナビアの民話「竜王」になぞらえて人から生まれた異形なるもの「リンドヴルム」と呼称した。
ヨハネ黙示録には天使と竜との戦いがある。
彼らが生み出そうとしている星の円環。
悪魔の化身たる竜は彼らである、我々は彼らを地獄に葬るという意味合いも込めた名称であった。
人類は歴史を重ね争いを重ね知っている、別種の生き物が交わるときに生まれるのは生存競争しかないと。
グリーゼの転生者達はそれを受け自分たちの組織名をリンドヴルムとした。
それは自分たちには明確に人類との和平の意思はないと示す回答でもあった。
怪人達の狙いは地球のテラフォーミング。
人類が理解していない霊子科学を使い地球環境をグリーゼに合わせ、人類には生存に適さない環境、怪人には懐かしい風と景色に変えていく事。
そしてすでに世界経済の中核をなすまでに成長した彼らの財閥を使い、第三世界での軌道エレベーターとグリーゼからの転送を受け入れる新たな星の円環の作成が進んでいた。
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仁也は宇宙ステーションに忍び込んでいた密航者のレグホーンからグリーゼの技術を用いた装備品やリンドヴルム側の情報提供などのサポートを受け。
前世の記憶はないが強化霊体を覚醒させ居場所を失ってしまった少年達と協力関係になりながら、仁也はリンドヴルムからゆなを取り戻すため奔走するのだった。




