751回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 536:二人の力で
「クリーチャー化した……!?」
「あれから数年経ってる。ここには食料どころか飲める水もない。オブジェクトの力で生き延びてたんだ、こうもなるだろうよ」
巨大蟻地獄は禍々しい雄叫びをあげその巨軀を身悶えさせた。
甲殻の隙間に夜光虫と同じ光が明滅している。
この島であの光を取り込んでいたものの正体は彼だったらしい。
巨大蟻地獄が大顎を打ち鳴らすと地面から何本ものエネルギーの柱が突き上がり、影霊の奔流を分断した。
千切れた影霊の塊を蟻地獄の足が捕まえて口に運び、ボリボリと音をさせ貪り食い始める。
塊からこぼれ落ちた何体もの人影が逃げ惑う。
しかし蟻地獄の身震いと共に地面が流砂化して引き寄せられ、人の口がついた触手に頭から喰われていった。
早く止めなければミサゴを助けた船員たちも食われてしまう。
しかし僕らも流砂に足が取られ自由に動くことすらままならなくなっていた。
「このままでは俺たちもお陀仏だな」
ミサゴは悔しそうな顔でジェドを睨みつける。
この地形、砂の特異な形状と性質、蟻地獄の砂に埋もれた下半身。
僕の予想が正しければ……。
「あるよ、アイツを倒す方法」
そう言った僕をミサゴは真剣な目で見た。
「今だけでいい、力を貸して。一人じゃ辿り着けない力を君に見せる」
ミサゴは少し考え、頭の羽を掻き上げ剣を構えて蟻地獄を見据えた。
「一度だけだ」
「ありがとうミサゴ」
僕は山刀を掲げ衝撃の大罪魔法を発動した。
「ハアァアアアアアアア!!」
流砂に山刀を突き立て、上から下に向かう広域衝撃波を送り続ける。
流砂は止まり、巨大蟻地獄は固まった砂で身動きが封じられた。
大罪魔法の余波で宙に浮かんだミサゴは壁を蹴り巨大蟻地獄に向かい飛ぶ。
粒体の底から空気を吹き上げることで流体が浮き上がり液体のようになる流動層という現象がある。
あの蟻地獄は砂に埋もれた半身から空気を吹き出し砂を流体化させている、その予想は的中したらしい。だけど。
「やっぱ病み上がりにこの規模の大罪魔法、ちょっと無茶だったみたいだ」
僕は血を吐き苦笑いする。
ミサゴは蟻地獄の大顎と足、触手の攻撃を掻い潜りながら懐に飛び込み、手にした剣を構えた。
剣の柄頭から蔓が伸び刀身に巻きつき、いくつも小さな花をつけ花びらを散らし始めた。
蟻地獄は雄叫びをあげながら固まった砂地を砕きながら身体を動かし始め。
体に空いた無数の穴から影霊の断片を弾丸にしてミサゴに一斉射撃した。
しかし影霊弾はミサゴの周囲に舞い散る花びらに吸い寄せられるように逸れていく。
あの花の種はミサゴの治療中こっそり僕が仕込んでいたものだ。
琥珀のダガーを介して植物に重力の大罪魔法を付与することができる。
ミサゴの剣に周囲の景色が歪むほどの超重力が発生した。
彼が放った一閃は巨大蟻地獄ごと影牢島を両断し、僕らの目の前に空が見えた。
ミサゴはその威力に目を丸くしながらも、剣を見て小さく笑う。
「これが一人じゃ辿り着けない力って奴か」
そう呟く彼の手にジェドが持っていた火の指輪が落ちてきた。
巨大蟻地獄が霧散して消滅すると、影霊たちも散り散りになり空に向かって消えていく。
そんな中、いくつかの影霊がミサゴの周りをふよふよと飛び回っていた。
まるで彼に何か伝えたいことがあるかのようだ。
「どこへなりと行くといい、あんた達を縛るものはもう何も無いんだ」
ミサゴにそう言われた影霊達は安心したように彼から離れ、闇が晴れ眩しいくらいの晴天の空に向かい消えていった。
彼らを見つめていたミサゴが急に脱力し落ちてきた。
「うわっととと!」
かろうじて彼を受け止めたものの、僕も体に力が入らず尻餅をついてしまった。
「大丈夫?」
心配して声をかけると、彼は僕の手に触れた。
「こういうのも……悪くはないかもな」
そう言って彼は気を失った。
僕はその手を握り返した後、彼をおぶって歩き出す。
「行こう、みんなが僕らを待ってる」
気を失ったミサゴの返事はなかったけれど、その寝顔は優しく穏やかに微笑んでいた。




