741回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 526:ムーンロード
-
--
---
その後しばらくして海にちらほらと白い花が浮かんでいるのが見えた。
海底から浮かび上がった蕾がポップコーンのように弾けて花になり、海上を滑るように流れていく。
「へぇ、話には聞いてたけど実物を見るのは初めてだ」
ヤブイヌのアーバンがそう言った。
「これはなんなの?」
「白蜜花、食べるとサクサクしてて甘いんだぜあれ」
さっそくいくつか掬ってきたヤブイヌが僕に巾着袋いっぱい分渡してくれた。
「わ、貰っちゃっていいの?」
「カシラにはいろいろ世話になってるんで」
「ありがとう、大切に食べるね」
そう言って彼の頭を撫でると、ヤブイヌは鼻を指で擦りながらヘヘヘッと笑った。
その様子を見た他のヤブイヌ達が次々に白蜜花を持ってきて僕の両手はいっぱいになった。
「ありがとうみんな!僕は幸せなカシラだね」
みんなは僕の言葉に満足げに笑う。
「こんなにたくさんは食べきれないしみんなで食べようか」
「さすがカシラぁ!」
「いよっ男前!!」
みんなは褒めすぎなくらい僕を褒めた後、白蜜花を貪るように食べ始めた。
どうやら大好物だったらしい。
ガフールさん達もベイルにリガーにマックスもみんなで食べる。
歯触りはサクッと、口溶けふんわり、優しい甘さが口に広がる。
キャラメルポップコーンを食べてるような気持ちだ、クセになりそう。
「クゥーーィ、キューゥ」
シャチが僕を呼ぶ声がして海を見ると、シャチの群れが数頭のアザラシを咥えて持ってきていた。
幻影水晶を使い思考を読むと「たくさん取れたからお裾分けすんべやー」との事だった。
「わあ、ありがとう!みんな網下ろしてくれる?アザラシくれるって」
「普通にコミュニケーションとっとるにゃ…」
「雄馬殿どんどん人間離れしてますね」
「うん?褒め言葉だよね?」
尋ねるとリガーとマックスは暖かい目をしてうなづく。
レース以降すっかり僕とシャチは意気投合してしまい、彼らの群れは僕らの船に同行していた。
「油が乗ってて美味しそう、クガイ達にお裾分けがてらダルマーさんに料理してもらおう」
「なんだか海に出てからご馳走づくしでスリムなバデーが崩れそうだにゃ」
ふくよかなリガーはそう言いながらお腹をさする。
たしかに前よりほんのり丸みが増したかもしれない。
ふと猫の可愛いさに抗えずあごを撫でると、彼は「やめるにゃぁ」と不服そうな顔をしながら喉をゴロゴロと鳴らした。
海上都市を出て海を進むほど生き物の気配が増えている。
次の目的地にまつわる理由なんだろうか。
「でもよー雄馬、ずっと遊んでばっかで良いのかなぁ俺たち」
ベイルが不安そうに言った。
「そろそろクガイに聞いてみるよ」
そう言って僕はフックのついた投げロープの練習がてら紅蓮地獄に乗り込むと、クガイの姿を見つけた。
彼はその大柄な体にぴったりな大きな釣り竿で釣りをしていた。
側に行くと彼は僕に予備の釣竿を渡しニヤリと笑う。
どうやら釣りに付き合えという事らしい、僕は彼の隣に座って釣り糸を垂らした。
「この辺りは海が豊かだからうまい魚が釣れるんだ」
クガイはそう言いながら早速巨大魚を釣り上げてみせた。
側にいたトマが針を外し、手早く活け締めにして厨房に魚を運んでいった。
しばらく一緒に釣りをするが僕の釣果はイマイチ。
クガイは甲板が魚だらけでもう釣るなと全員にどやされながらもまだ釣っている。
「今はどこに向かってるの?」
「目的地には近づいてるぜ、夜を待ってるんだ。今は仕込みだな」
「なんの?」
そう尋ねるとクガイはニヤッと笑った。
夕暮れ時になり紅蓮地獄の甲板で宴会が始まった。
いろんな魚介類にアザラシ肉の豪華なおかずにお酒に果実水、今回は喧嘩なしで僕らもお呼ばれして参加していた。
「雄馬もじゃんじゃん飲み食いして訪れる夜に挨拶だ!」
そう言ってクガイは僕の持ったコップにコップをぶつけて笑う。
「この海の古い風習でね、まぁ飲み会する口実だワイな」
戸惑っている僕にブロックさんが言った。
彼の傍で見慣れないロバ獣人が飲んだくれている。
その目には光がなく廃人のようにも見えた。
「毛皮にカビが生えるから連れ出したんだワイさ」
「にしても本当に宴会好きな連中だなぁ、賑やかなのはいい事だけど」
そう言いながらベイルが酔っ払って僕に体を巻きつけてくる。
彼を撫でながら果実水を口にし、甲板の様子を見るとみんなやんややんやと騒いで楽しそうだ。
夕暮れと夜が混ざり合い幻想的な光景になるひとときのマジックアワーが訪れた頃、海を見ていた海賊が声を上げた?
「おーいみんなはじまるぞ!」
「なんだなんだ?」
「よし、海を見てみろよ雄馬、騒ぎを聞きつけてやってくるぞ」
クガイに言われるまま船首に立ち海を見ると、夜闇に染まっていく海が光を放ち道の様な海流を作った。
「わあ、凄い。これってなんなの?」
「ムーンロード、海の妖達の道だ」
「この発光してる夜光虫はクリーチャーの一種でナ、生き物の放つ精神波動、つまり混沌のエネルギーを食いに現れるんだワイな。昼間に蓄えた混沌のエネルギーを生き物の精神波動で増幅、群体で励起反応を起こして光を放ってるんだワイさ」
とお酒の回ったブロックさんがしゃっくり混じりに言う。
これもまた混沌構成物の特徴をなぞり、前の世界にいた夜光虫と同じ現象を再現しているのだろうか。
「まぁ難しい話はそこまでにして、今はこの景色を肴に酒を楽しもうや。幸いたんまり酒も食い物もあることだしな!」
「あれ、やっぱり宴会したかっただけじゃない?」
「エヘッ」
そう言うとクガイは僕を持ち上げて海賊達の群れに放り投げ、僕はみんなにもみくちゃにされながら歓迎された。




