739回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 524:破軍のガルギム
数日後、イタチのトマがヤブイヌ達となにやら盛り上がっているのを見かけた。
どうやらトマが手品や大道芸を見せているようだ。
彼は元は大道芸人だったが、モンスターに対する風当たりが強くなって陸で商売ができなくなり、芸を気に入ったクガイがメンバーに誘ったのだという。
トマが手品でボールを増やしながらお手玉をすると、ヤブイヌ達は大はしゃぎした。
子供みたいで可愛い。
トマの芸がひと段落した後ヤブイヌ達が俺もやりたいと言い出し、トマに教わりながらいろんな大道芸にチャレンジし始めた。
大道芸を楽しげに練習する彼らは僕らを襲った時とは違って生き生きしている。
ヤブイヌ達は本当はこうしたことをするのが向いているのかもしれない。
目的地に向かう航海中はこうしてお互いのメンバーが交流して親交を深めている。
ガフールさん達は紅蓮地獄の全員に操舵技能の手解きをしているようだ。
紅蓮地獄に乗り込みガルギムさんを探すとすぐその姿を見つけた。
相変わらずみんなに避けられていてなんだか気の毒だ。
声をかけようかと思ったが、こういう時どう話しかけたらいいものか。
共通の話題になりそうなことは……。
「私に何か御用かな」
「わっ」
いつのまにか死角から近づいていた彼から話しかけてきた。
「ガルギムさんって七獣将でもあるって聞いて、話が聞いてみたくて」
「そうか、答えられる事ならなんでも答えよう」
静かで落ち着く声。
仮面をかぶっていて表情はわからないが、どことなく嬉しそうな声色だ。
でも僕を気遣ってなのか会話するには離れた位置から動こうとしない。
僕は彼に近づき隣に立つと彼の目を見て少し微笑んで見せる。
ガルギムさんの仮面の奥の目が優しく笑った。
「どうして七獣将なのに八武衆に?」
「蟲人はモンスターの中でも嫌われ者でね。陸で七獣将の一席にいるには向かなかったから、友人だったクガイの父の手助けで溟海八武衆に迎えてもらったと言うわけさ」
蟲人?マーマン的な印象の見た目だけど。
よく見てみると虫のような甲殻と深海魚のような部分が混ざり合った体だ。
「この見た目は邪神の呪いだ、絶海から戻る時に無傷というわけにはいかなくてね」
「ガルギムさんも絶海に行ったことがあるんですか」
「ああ、幼いクガイを乗せたラクドの船に私も同船していた」
クガイの口振りでは宝輪で戻ったのはおそらく彼一人のはずだ、じゃあガルギムさんはどうやって絶海をでたんだろう。
僕の内心を察するかのように彼は微笑む。
生臭い体臭に呪いで歪められた強烈な外見とは似つかない優しい表情が痛ましい。
「一つだけ手段があるんだ、邪神と契約をして眷属になるという手段がね」
彼は自分の手を見つめる。
「私はラヴォルモスと契約し彼に洗脳される前に絶海から逃げ出してきたんだ。どうしてもやらなければならないことがあったからね」
そう言って海を見る彼には決意の色があった。
「じゃあ謂れのない疑いで……」
「絶海を出るとこちらの世界では十年が経過していた。この見た目に出てこられないはずの絶海からの脱出、それに原因不明の八武衆の死が重なれば私が疑われるのも無理はない話だ」
そういうと彼はクガイの方を見る。
クガイはなにやら船員と談笑しているようだ。
「クガイは追われていた私を監視下に置くという理由で保護してくれた。たった一人自分以外にあの船から生還したよしみだからとね」
ガルギムさんはクガイに気づかれまいとするかのように踵を返し、複雑そうな顔をする。
「クガイには感謝している、しかし心苦しくもあるんだ。彼は恐らく私の生存にラクド達他の全員の生存の希望を見出している。私は彼の弱みに漬け込み保身している卑怯者なんだよ」
「きっともっと単純に考えてると思いますよ。昔馴染みで助けたいから助けた、一緒にいたいから一緒にいる。クガイはきっとそういう奴です」
「ありがとう、君は優しいんだな。魔王候補者としては優しすぎるかもしれないが、そうした君だからこそ人が集まるのかもしれない」
「ガルギムさんは何の大罪魔法を持ってるんですか?」
「色欲の大罪だ、らしくないだろう?」
自嘲するように笑う、ジョークのようだ。
自分の現状を地に足をつけて飲み込める人みたいだ。
「若い頃は蟲人で引け目を感じるのが嫌でね、豪勢な装飾品で全身着飾ることを生き甲斐としていた。絶海行きに付き合った理由も蒼穹氷晶を手に入れる為だった。愚かだったよ、今の境遇はそんな私に相応しい罰だ」
その言葉と態度に少し違和感があった。
過去に対する自戒と自罰というより、これからすることに対する自己嫌悪のような。
もしそれが彼にとって不本意な事なら、僕が力になって避けることはできないだろうか。
「自分を卑下することで何かを隠そうとしてませんか?」
僕はガルギムさんにそれとなく探りを入れてみる。
それに対して彼は少し驚いた目をした後、平常心を装うように優しい目をする。
「そうか、君にはわかるんだね。でもそうして他人の重荷を全て引き受けていると潰されてしまうよ、気をつけたほうがいい」
彼は僕の目をじっと見つめた後、根負けしたように柔らかい目をする。
「そうだな、君の力を借りることになるかもしれない。でも今じゃない」
「いつでも言ってください、あなたみたいな人はほっておけないですから」
「その時が来たらなすべき事をしてくれ。そうしてくれたら私は嬉しい」
そういうと彼は笑ってその場を後にした。




