737回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 522:不夜城:暁ノ金鶏
「これがインガさんの船……船?」
「逐一突っ込んでたらキリがないぜ」
クガイはそう言って笑った。
建物の中に入ると南国風のビーチが室内に広がっていた。
部屋というにはあまりに広く空も日差しも本物みたいだ、 混沌構成物 の混沌侵蝕を利用しているらしい。
ランバダというダンスミュージックが流れる中、男と女が足を引っ掛け合うようにしながら回るセクシーな踊りをしている。
どことなくバブリーな雰囲気。
フロート車を降りしばらく進んで大きな建物に入ると今度はクラブ風の大広間に来た。
ハードコアテクノ風の曲にあわせたボディコン風の娼婦達が情熱的に踊り客もノリノリで踊っている。
これまたバブリーな雰囲気、インガの趣味だろうか?
「ねぇクガイ、もしかしてインガさんって」
「お前らの世界の文化が大好物だ、特に日本のバブル近辺のディスコ文化がお気に入りらしいぜ」
やりたい放題だなこの人達は。
少し羨ましい気持ちになっているとそんな僕をみてインガは得意げに笑い胸を張ってふふんと気取って見せる。
そんな彼をエレインはニコニコしながら撫でている、羨ましい……。
どうやらここはカオスオブジェクトをふんだんに使った娯楽施設らしい、でもこの船の秘密はそれだけでもなさそうだ。
無数の混沌兵装の気配を感じる。
紅蓮地獄は速度、この船は差し詰め海上移動要塞といったところだろうか。
僕は混沌侵蝕に反応して痺れるほどに疼く左腕を握りしめた。
カジノもある豪華なホテルの中を進み、ようやくインガの住む城の部分と思われる場所に来た。
ヌートリア獣人達がせせこましく仕事していて可愛い。
インガは休憩中のヌートリア達と挨拶がてら軽い談笑をしていく。
彼の海賊団の一員だろうか、関係は良好なようで彼らは僕らにも愛想良く接してくれた。
僕らがたどり着いたのは最上級ホテルのロイヤルスイートのような部屋だった。
豪邸のように広々とした空間と、一つ壊せば大金を失いそうな家具の数々。
「楽にしてくれていい、何か飲み物を」
インガがそういうとホールスタッフが「かしこまりました」と応えバーカウンターに向かう。
バーカウンターにも専属のバーテンがいる。
「家の中にバーカウンターがあるんだ……、おっと」
設備に驚きながらソファーに座ると、その感触でまた驚かされた。
ふわふわながらも沈みすぎず、まるで雲に腰掛けているかのような心地よい座り心地だ。
向かいのソファーにインガとエレインが腰を下ろす。
クガイは一瞬インガの側のサイドテーブルに飾られた金のメダリオンを見た後、インガに笑顔を見せた。
ホールスタッフが飲み物とつまみの軽食を運んできた。
見晴らしがよく空と海とドゥルシネアも一望できる、ルーフバルコニーには枯山水、そこに泳ぐためと思われる小さな滝と小川もありやりたい放題。
全てがインガの成功の歴史を物語るような生活空間だ。
僕が飲み物を手に取り口をつけると、クガイはインガに真面目な顔をして口を開いた。
「単刀直入だが、俺と一緒に絶海を目指す気はねえか」
インガはクガイの提案を予想していたように「ふん……」と呟きグラスに口をつける。
「お前ほどの海賊が手伝ってくれれば心強いんだが」
「またその話か、進歩のない奴め。無理だと何度言わせれば気が済む」
そう言ってインガは僕をチラリと見た。
「そこの新入りにもわかるように説明してやるか」
そう言って彼は昔話を始める。
15年前のラクドの敗退でリーダーを失った後、立て続けに溟海八武衆が三人何者かに殺される事件が起きた。
溟海八武衆のサブリーダーであり七獣将でもあるガルギムが邪神に魅入られラクドを含む仲間を殺したんじゃないかと疑惑が起こり、魔王海軍が混乱状態に陥った。
そうした事が重なり八部衆の力が弱まり、分散した魔王海軍は人間の海軍による連合艦隊に各個撃破される形で弱体化が進んでいた。
連合艦隊を打ち破ったものの、バラバラになった海賊をまとめるためにも金が必要だった。
その為インガは地上で商人王と呼ばれる男に師事を受け、高級娼婦の色街から始めたドゥルシネアを商業都市にまで発展させた。
今では溟海八武衆の活動資金の大半を彼が確保している。
商売、船大工、キャバクラに遊廓なんでもござれ、彼は居場所がない者の最後の選択肢としてこの場所を作った。
「だから仕事を強要したりもしてねぇ、みんな自分で進んで仕事を選び誇りを持ってやってる。連中とこの場所を守るのが今の俺の仕事だ、海賊なんてやってる時間はねぇのよ」
インガの目を見てクガイは脈なしだと悟ったのかため息をつく。
「わかったよ、それなら宝輪だけくれればかまわねぇ。あとは俺がやる」
「言ったろ、この場所を守らなきゃならねえって。お前まさか自分のしようとしてる事理解してねぇなんてこたぁねぇよな?」
そういうと彼は側のメダリオンを手に取り眺め、話を続けた。
宝輪の役目は絶海の封印を守るためにある。
絶海に向かい、蒼穹氷晶に手を出せば邪神ラヴォルモスが解き放たれてこの世界が破壊されるかも知れない。
前回の失敗の痛手が大き過ぎて今では溟海八武衆でも御法度になっている。
宝輪を集めようとするということは残りの溟海八武衆全てを敵に回すということだ。
ほとんど形骸化した老人達だが敵に回すのは厄介だという事。
「発狂して食人に走る人間やモンスターが増えてきな臭くなって来てる。ただでさえ海軍に喧嘩売ったお前に宝輪を渡したら俺まで標的にされる。それに不浄なる刃まで宝輪を狙って動き出してるって話だ、誰かが集め出したなんて話が広まってみろ、海が血に染まることになるぞ」
「不浄なる刃って?」
僕が疑問を口にするとクガイが口を開く。
「邪神ラヴォルモスを崇める邪教徒で結成された伝説的暗殺者集団だ。実態を掴むことができず実在しているかどうかすら定かではない存在、連中に狙われたものには確実な死が待っているとかなんとか」
そこまで言って彼はワクワクした様子で笑った。
「面白えじゃねえか、邪神をぶっ倒そうってんだ、景気付けに伝説だかなんだかもぶっ潰してやるぜ」
クガイは拳を握り力強く言うと続けた。
「蒼穹氷晶の封印が限界に近づいてるからラヴォルモスの力がオーロラの形で現世に現れている。だから親父はラヴォルモスを倒してこの海を救おうとした、こいつは避けて通れねえ事なんだ、そうだろインガ」
インガはクガイの言葉に頭を抑えて首を振る。
「なぁクガイもう時代が違うんだ、海賊は凋落し海は人の権力者の物になる。この流れはもう止められない。海賊の時代はじきに終わる、俺達はこのまま消えていくのが分相応なんだ」
「だからだよ、親父にこいつを託された俺がやらなきゃ誰がやるんだ」
そう言ってクガイは胸にかけた操舵輪の首飾りを手にする。
そんな彼の熱い眼差しを見てインガは口淀んだ。
「あいつと同じ眼をしやがる」
インガはそう呟くと立ち上がり窓辺に立った。
「まったく柄でも無い」
彼は愛しいものを見つめるように商業都市を眺め呟くと自嘲するように笑みを浮かべた。
「良いだろう、言ってもわからないなら監禁させてもらう」
彼がそういうと側に控えていた付き人達が僕とクガイを取り押さえようとした。
僕はソファーからバク転で飛び降り付き人の背後で構えを取って牽制する。
クガイは「お前はそれでいいのかよ」と声を荒げインガの元に駆け寄り彼の肩を掴んだ。
「絶海に手を出すのは危険すぎる。特にその宝輪を持つお前はな」
クガイは一瞬目を丸くすると、すぐにインガから手を離し両手を上げた。
「わりい雄馬」
申し訳なさそうに言う彼に習い僕も両手を上げ、僕らは付き人に拘束され連行された。




