735回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 520:レディー・エレイン
しばらく歩いて行くと、やけに人の多い大通りで喧嘩が起きていた。
「やれやれまたか」
インガはめんどくさそうな顔をする。
「この人だかりはなんなの?」
クガイに尋ねると彼はニコニコした。
「この街はパレードが人気でな、場所取りでしばしば喧嘩が起きる。なにぶん海賊の集まる街だからな」
喧嘩の声に紛れて助けを呼ぶ声がしてそちらを見ると、ひったくりがこちらに走ってきた。
「どけ!」
そう言って突き飛ばそうとしてきた獣人の腕を掴み、投げ飛ばして鞄を取り返し追いかけてきたおじさんに投げて返す。
どさくさ紛れに無関係な貴族や商人を巻き込み金品を奪っている連中が出ているらしい。
ヤブイヌ達を見るとみんな気づいていたらしく僕に判断を尋ねる様な顔をした。
「みんな実地訓練だ、相手の重心と力の流れを見てそれを誘導して制圧する。まず僕が手本を見せるから真似してみて」
騒ぎに近づき貴族に向かった海賊の間に割り込むと海賊は僕に標的を変え襲ってきた。
海賊の体の動きから重心を見定め、力の流れの勁を把握する。
腕を掴ませ体捌きで相手の勁の流れを制し、鞭を打つ様に相手の重心を崩して倒し、関節を極めてそのまま関節を外す。
「ウギャー!?」
「ね、簡単でしょ?」
「簡単って言われても」
「体の重心を球、力の流れを球を動かす水の流れとして捉えるんだ」
「舐めるなガキぁ!!」
海賊達が僕に向かうのを見てヤブイヌ達は慌てて僕を助けに入り、みんな危なげなく海賊と戦い始める。
今まで教えた瞬歩、体捌きとタイミングも上手く使えているようだ。
喧嘩が盛り上がり周りに女の子達が集まりなぜか踊りだす、野次馬達が囃し立てて出し物みたいになってる。
次第にヤブイヌ達の動きに迷いがなくなり次々に暴漢達を戦闘不能にしていく。
「うんうん、みんな優秀だね」
ずっとこうして教えを望んでいたかの様に、彼らの心も体も素直に技術を習得して成長している。
僕が彼らの待ち望んでいた存在になれているのだとしたらこの上なく嬉しい。
「アイツら弱小海賊だったはずだが、随分と化けたもんだ」
「新しいカシラが有能だからな」
そう言ってクガイは僕の肩を抱いて自慢げに言った。
「そこの仮面の人間どもも元海軍だったのをこいつが引き入れたんだぜ」
それを聞いてインガは目つきを変えた。
「噂は聞いてる、初陣で海軍基地を潰した大馬鹿野郎、山桐雄馬か」
彼は僕を値踏みする様な目で見るとニヤリと笑った。
「まさかこんなヒョロっちい坊主だとは思わなかったが、信じるしかない様だな」
景気のいい音楽と太鼓が響き始め観衆が一斉に歓声をあげた。
「これがレディー・エレインのパレードか」
ガフールさんがそう言った。
「ドゥルシネアにおける最上位の称号がレディー、エレインはこの街の女王なのさ」
インガは僕に説明した。
パレードが通りかかり豪華に飾り付けられたフロート車の上に、見た瞬間言葉を失うほど見事な美貌と抜群のスタイルのサキュバス半獣人がいた。
観客の誰もが見上げてため息を漏らし夢を見る様な顔をした。
きっと彼女がエレインだ。
エレインはインガを見つけると彼に向けて手の甲を差し出し、インガはそれに自分の拳にキスして応える。
クガイが口笛を吹き彼を茶化すと、インガは彼の背中を思い切り叩き鼻を鳴らす。
クガイはあまりの痛みに絶句している。
ペンギンが叩く力はかなり強力で、人間の足の骨を一撃で折るって聞いたことがある。
クガイの背中の骨が折れてないか少し心配。
「あれの行き先が俺の城だ、乗れ」
そう言って当たり前の顔をしてインガとクガイがフロート車に乗る。
戸惑いながら僕も乗り込み、ベイル達はインガの付添人に足止めされてしまった。
羨ましそうな顔で僕を見るベイルと仲間達に「船で落ち合おう!」と言ってフロート車を登る。
「わあ」
僕はその場所の華やかさ煌びやかさに胸がドキドキした。
人々の歓声と興奮の中心にいる感覚はあまりにも浮世離れしていて夢の中にいる様な気分だ。
エレインは戸惑う僕の顔を見て微笑み、こうするのよと言うように観衆に手を振ってみせた。
僕もそれに倣い手を振ってみると、みんなはわっと声援を上げ僕らを歓迎してくれた。
「どうだ気分は」
インガは僕に尋ねる。
「こんな気持ち初めてです」
僕の返答に彼は「だろうな」と答え満足げに笑った。




