734回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 519:夢と自由とプライド
ドゥルシネアを歩いているとここは色街としての機能を中心とした繁華街であることがわかった。
街中の煌びやかな飾りと光に賑やかな音楽が気持ちを高揚させ、高級娼婦達がランウェイを歩くモデルの様に練り歩いている。
客と思しき海賊や富裕層の人間やモンスターの男と共にデートをしている者達も多い。
「チェックする?」
カップルのうちの一つからそんな声がした。
オジサンという魚によく似た魚人の男は娼婦ににこやかに答え、金貨袋を彼女に手渡した。
お金を受け取った娼婦は純朴な笑顔を見せて「好きだよ」と言って男にキスをして別れる。
「また来てねダーリン」
蠱惑的なポーズで流し目と投げキッスをして去っていく彼女に魚人は心底満足げに鼻の下を伸ばしていた。
娼婦の自信に満ちた立ち振る舞いが少しかっこよく思えた。
周囲にいた男性客もそうした彼女を羨望の目で見つめている。
「あの子に選ばれるなんて冴えない見た目の割にやるなあいつ」
クガイが羨ましそうに言った。
「お客さんが逆に指名されてるの?」
「ここは娼婦の側も客を選べるシステムでね、人気の娘に指名を受けてもらえるのは一種のステータスなのさ」
「だから街中を歩いてデートするんだ」
「ちなみにデート代はオプション料金かかるんだぜ、あこぎだろ?」
「聞こえてるぞ」
インガはそう言ってクガイを冷たい目で見る。
この街にいる誰もが自信に満ちた顔で生き生きとしている、ある種の夢の国のような場所だ。
クガイの話では平民から貴族への成り上がりを夢見てわざわざここに来る娘までいるらしい、実際貴族の身請けも珍しくないとか。
その流れでトマが僕にドゥルシネアの成り立ちを教えてくれた。
オーガスティン諸島は魔王との戦いの後、モンスターたちは溟海八武衆を中心として人間達と共に生きることを選んだ。
その頃流行したのがモンスターと人間の混血の娼婦達だった。
戦前混血であり二つの種族どちらからも仲間として扱われなかった彼女たちは娼婦として身を窶していた。
そんな彼らを人間とモンスターの友好の証として称賛する流れが生まれ、彼女たちはスター性を持った高級娼婦として持て囃されるようになり、オーガスティン諸島を代表する名物の一つにまでなった。
しかし魔王軍を名乗る者たちが各地で人間を襲い始めたことで状況は一変する。
彼女達は古い物、忌むべき過去として人々に切り捨てられることになってしまった。
だがそれをインガはまたとないチャンスと考えた。
その状況はいわばオーガスティン諸島を代表するほどの宝が一斉に手放されたとも言えた。
彼女達を集めてその魅力の全てを味わえる場所を作れば、そこは地上には存在し得ない財宝の山となる。
その頃海賊として名を馳せていたインガは、地上の宝である彼女達を片っ端からスカウトし海上に高級娼館を作った。
そこにやがて人が集まり海上都市にまで発展し、今の財宝の山になったのだという。
ここにいる娼婦達は皆半獣人か獣頭人ばかりだが、みんな自分の身体的特徴を最大限に活かしている。
その結果ドゥルシネアには目が眩むほどさまざまな女性の美しさが存在しているのだ。
他人とは違う自分の個性を長所として最大限活かし、誇るべきプライドに転換する。
この街の夢の世界の様な魅力は、現実に負けず自らを絶え間なく磨く彼女達の強さに裏付けされた物なのかもしれない。
「こいつバリバリの武闘派海賊だった癖に、惚れた女の居場所を作るんだって全部投げ出したんだぜ。愛だよなインガ」
クガイはからかうように言う。
「黙れ」
インガはそんな彼を一瞥もせずに拒絶した。
「なんだよ照れるなって」
クガイがそう言いながらインガの肩を叩こうとすると、すかさずそばに居た強面の獣人がクガイの首に剣を突きつけた。
クガイは「おーこわ」と戯けながら肩をすくめて手を引っ込める。
そんな二人のやりとりを見てベイルが顔を顰めた。
「仲悪いよな、あいつら本当に親友なのか?」
ベイルがトマに聞くと、トマはごもっともな話だと言うような顔をした。
「信じられないかもしれませんけど実は旧魔王海軍を海賊として蜂起させた事件はあの二人が先導してたんです」
ガフールさんが言ってた一件の事のようだ。
「旧魔王海軍を助けるために立ちあがろうとしたキャプテンにたった一人味方した唯一の八武衆、それがインガの兄貴です。海賊達の蜂起の成功の後インガの兄貴がドゥルシネアを運営する支障にならない様に、キャプテンが全て自分がやったって事にしてその情報をみんなで広めたんです」
「それが本当なら親友って話もうなづけるけど、なんで今はあんな関係に?」
僕が尋ねるとトマは微妙な表情をした。
「人間の海軍に追われてた時に、キャプテンがドゥルシネアに追っ手を押し付けて逃げたことがありまして。インガの兄貴が和解するために海軍にかなりの大金払う羽目になったらしく……」
「なぁ雄馬、あいつ最低だにゃ」
リガーが僕を嗜めるように言う。
ベイルもマックスもクガイをうさんくさそうな目をして見ている。
「う、うん。さすがにちょっと擁護しにくいな……」
僕はなんと言ったらいいやらわからずごにょごにょと答えた。
僕らの気持ちも知らずにクガイはインガに一方的にあれこれ楽しそうに話しかけていた。
「自由だなぁ」
ぼそりと呟くと「良くも悪くもな」とベイルが補足して言った。




