73回目 ディストピア 神様の殺し方
スーツ姿の青年クリーヴは仕事の用事で初めて訪れた街で雨に降られ、雨宿りの為に傍にあった礼拝堂に駆け込んだ。
彼はがらんどうとした中の様子に驚く、日曜だというのに礼拝するものがいないのだ。
クリーヴを出迎えた牧師のノルドはその理由はその街には神が不在だからだといった。
ノルドの言葉を奇妙に思ったクリーヴは雨が落ち着いた後街の中を散策することにした。
レンガ造りの街道が雨に濡れてキラキラと輝き、古めかしい建物に時々あるステンドグラスが綺麗な中世を思わせる街並み。
しかしそれ以外なんの変哲もない街だ。
しかし彼は一つ奇妙な点を見つけた。
街の中ですらあの礼拝堂のように人の姿がない。
雨が降っていたとはいえ誰もいないのだ、露店などもない。
少し喉が渇いたクリーヴは街中を歩き回りようやくスーパーマーケットを一つ見つけることができた。
ほっとして店に入ろうとした彼は入り口の自動ドアが動かず足止めをくらう。
店の中の電気はついている、休みという表示もない、しかし彼はドアに一つ奇妙な張り紙を見つけた。
そこには「買い物許可時17~19時」と書かれていた。
たったの二時間しか営業していないスーパーマーケットなど見るのは初めてだったクリーヴはあっけに取られながらも、
開店時間までの時間を外で待ってみることにした。
時間になると同時に今までどこにいたのか街の住人が歩きながら大量にスーパーに押し寄せ買い物をし始める。
人ごみに流されクリーヴが店内に入るとそこでも彼は目を丸くした。
店の中の嗜好品が品数が異常に少なく大量に陳列されている。一つの種類の商品が壁を一面ずらっと埋め尽くし、
それにまるで疑問を抱く様子もなく住民が手を付けていく。
その後クリーヴは街を散策し見つけた場所もそれぞれ奇妙だった。
映画館の映画も一本だけが延々と繰り返し上映され、
車も全て同じ速度で同じ車線だけを走っている。
住民の服も同じ、髪型も同じ、表情の作り方すら同じだった。
ふと気になったクリーヴはスーパーで街の地図を買うと、警察署と刑務所、それに裁判所があるかを探してみた。
彼の思った通りその街にそれらは存在しなかった。
警察官のいない街に何が起きるかと考えれば無法者たちが寄り集まり荒廃したスラムになりそうなものだったが、
その街に関してはそれはなかった。
むしろそこには病的なまでに健全で平和で平凡な空気だけが淀みのように存在していた。
クリーヴはノルドの口にしていたこの街には神が不在だという言葉を思い出す。
この街の異常な状況がもし人為的に作成されたとしたら、
人々の価値観をなんらかの手段で全く同じに矯正したのだとしたら。
価値観が同じになる様に矯正された人々は一切の犯罪を犯さない、完璧な理想郷には祈りや救いを求める神は必要ない。
つまりそれは神を殺す方法になる。
幸せになれば人は神を殺す、皮肉なものだ。
しかし待てよ、人を不幸にするのは本当に人間だけだろうか?
ふとこの街がなにかの間違いで不幸になったとき、
その時は一体神の死んだこの街はどうなるんだろうとクリーヴは考えたが、
あまり深く考えると不謹慎な考えしか浮かばないため早々に切り上げ吸っていた煙草を吸殻入れに捨てると次の目的への長距離バスに乗り込んだ。




