710回目 父親という罪人について
男女が互いに惹かれあい結婚しても、社会的な価値観によって子供を作った時点で女性側が男を嫌悪し始め、離婚するのが普通の近未来。
男は父親になると家族に対して狂暴になるという先入観が各種メディアによって刷り込まれており、家族の形式は母子家庭が普通になっていた。
子供も父親は存在自体が害悪であると大人から教わっていて、それが本当かどうか確かめる手段もないため、大人の意見に合わせる為に一生懸命になっている。
女の子と男の子の友達間でも「君は父親になんて絶対ならないでね」という会話がよくされている。
実態のないイメージだけの偏見で、ありとあらゆる子供を持った父親が危険人物扱いされる。
父親になった時点で離婚させられ、自分の子供に会う事も許されず養育費だけ払い続ける義務が発生する環境。
元父親というだけで元犯罪者と同等の扱いをされる社会が完成していた。
小学三年生の藤宮健太は情報にあわせてパーソナリティを矯正するのって気味が悪いよなと常々疑問を抱えていた。
しかし彼を取り囲む環境はそうした疑問を抱く事自体を許してはいなかった。
学校でその事を知られると道徳の評価点を下げられてしまう。
社会的な評価基準が道徳の評価点を基準に行われていて、他の成績がいくらよくても人格に問題ありと判定され、以降の人生が悲惨な物になってしまうのだ。
言いたい事が言えず、疑問は不安へと変わっていく。
そんな中、健太は帰り道に良く寄る揚げ物屋の店長のおじさんに顔色が悪いけどなにかあったか?と指摘される。
おじさんは子供好きで学校の生徒達にも評判が良く、特に健太とは趣味が合うのもあって友達のような関係だった。
「悩みがあるなら聞くぞ」
そういうおじさんに健太は「おじさんは友達だから打ち明けるんだけど…」と本音を話し始める。
自分の弱点にしかならない悩みを、友達だと信用して打ち明けてくれた健太に対して、おじさんは実は自分は元父親だったんだって打ち明ける。
元父親だと知られるとお客さんが誰も来なくなっちゃうから内緒にしてくれよな、と言いながらおじさんは続ける。
おじさんは昔奥さんと大恋愛をして、自分たちはそんな世間のテンプレートみたいな関係にならないと信じて結婚して子供を授かった。
しかし出産後、奥さんが子供の為に父親の存在はよくないと言いだして離婚させられたのだという。
若かったんだな、夢を見過ぎたんだとおじさんは自嘲するように言う。
健太はどうしてそんな話を自分にするのかと尋ねる。
「君は俺の大切な友達だから、大人が教えてくれない本当の事を知った上で未来を選んで欲しいんだ」
そう言われて健太は複雑な気持ちになる。
おじさんの話から察するにどうもおじさんは健太の同級生の直美のお父さんだ。
彼女は父親の事忌避してて、健太にも良く父親の悪口を言っていた。
健太は事実を打ち明けようか黙っていた方がいいのか悩む。
そんな彼に対しおじさんは「知ってるから口にしなくてもいいよ」と少し悲しげな笑みで言うのだった。




