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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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705回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 494: 夢見人は瞬きと共に

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 時は遡り五年前の港町ラビアル。

 その傍らに、人間に支配されたヤブイヌ族モンスターの集落があった。


 ヤブイヌ達は農奴として扱われていた。

 いくら作物を育てても大半を人間達に奪われ、病気になっても医者にかかる金すらない生活。

 誰かが怪我や病で倒れてもできることと言えば奇跡に縋って祈ることくらいだった。


 ヤブイヌの少年アーバンは神に祈る母が嫌いだった。

 なす術がない状況になると彼女はいつも神に祈り出す。

 父が病にふせったときも彼女は祈り父が死んだ時も嘆きながら祈っていた。


 隣人が殺されたときも、親しかった家族に陥れられた時も彼女は悪あがき一つせずにただ祈る。

 そして自分達が救われないことを神の意図した試練だからと自分を慰めるのだ。


 彼女の崇める神はラビアルで崇められている人間の神だ。

 モンスターの自分達は救わない、アーバンはそう思っていた。


 祈って誰かが助かったことなんてなかった。

 信じられるのは自分の力だけだ。

 それがわかっていながらも何も変えられない弱い自分が何よりも嫌いだった。


 ある日のこと、ヤブイヌの子供達が夜中、港町を見下ろせる丘に集まっていた。

 アーバン、クリフ、レック、マイナーの四人は昔からの親友だ。


「凄いよクリフ!ここならバッチリ見える」


「人間の大人にも見つからなかったし、よくこんな場所見つけたな!」


 みんなに賞賛されてクリフは得意げな顔をした。


 港町の方角から花火が上がりはじめ、ヤブイヌの少年たちは歓声を上げた。

 今日は港町ラビアルの祭りの日だ。

 ヤブイヌ達の集落からでは山が邪魔をして花火はまともに見えない。


 色とりどりの閃光で夜空に弾ける光の花は、少年たちの胸を躍らせて余りある美しさだった。


「妹にも見せてやりてえな……」


「まだちっこくてここまで連れてくるわけにはいかなかったけど、後二、三年したら一緒に来ようぜ」


「おう!」

 レックはクリフに笑顔を見せた。


 クリフはみんなの嬉しそうな顔を見て満足げに微笑む、しかしアーバンは一人浮かない顔だ。


「明日のこと心配か?」


「まぁ……ね」


 レックやマイナーは明日のことを忘れようとはしゃいでいるが、アーバンは現実を直視し続けている。

 クリフはそんな彼の強さを羨ましく思っていた。


「大丈夫だ俺がみんなを守る、絶対だ」


 こうして形だけでも兄貴分として振る舞ってはいるが、クリフも今だけは全て忘れていたいと思っていた。

 明日は港町ラビアルの領主の娘セラーナの誕生日だ。

 毎年何人も集落の住民が犠牲になる、今年はその場にいる四人も誕生日会に招かれていた。


 翌日、ヤブイヌの集落にセラーナがやってきた。

 

 彼女の誕生日のために作られた建物に、労働力として価値が低いヤブイヌの子供と老人が連行され、閉じ込められた。


 セラーナは今年で十二才になる。

 だから連れてこられたのも十二人だ。

 その十二人は誕生日ケーキに立てられた蝋燭のようなものだった。


 セラーナは誕生日祝いの歌を口ずさみながら、一本の剣を引き摺ってヤブイヌに近づいていく。


 それは「処刑者の剣」と呼ばれるオブジェクトだ。

 優位者が下位者を処断する時に限りわずかな力でも対象をバラバラに斬り刻むことができる。


 セラーナは自分が近づく事で恐怖に慄くヤブイヌの子供を見て愉悦に顔を歪め、剣を掲げて振り下した。


 自らの孫を庇い老人が剣を受け、バターを切るようにその腕が切り落とされ、老人は呻き声を上げた。


 アーバンは老人のした事を見て馬鹿な事をしたと思った。

 そんな事をすればセラーナは面白がり、老人から孫を引き剥がし、目の前でいたぶり殺してしまうのに。

 一撃で死ねた方が幸せな事だ、少なくとも今この場所においては。


 孫だったものの血と肉片と臓物を浴びて老人は発狂して笑い出す。

 その様子がその場にいる全てのヤブイヌ達の精神をすり減らしていく。


 自分がその地獄を作っているという事に恍惚としてセラーナは無邪気な声をあげて笑い、おもちゃで遊ぶようにヤブイヌを追いかけ回しバラバラにする。


 セラーナがアーバンに目をやった。

 次は自分の番だ、アーバンはこれで楽になれると思った。

 馬鹿馬鹿しい理不尽に振り回され惨めに生きるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ。そう彼は思った。


 しかしそんな彼の顔を見てセラーナはつまらなさそうな顔をした。


「お前は嫌い」

 彼女はそう吐き捨て他の者に向かって走っていった。


「あははは!みんな大好きだよ!私と遊ぼう!鬼ごっこにする?かくれんぼにする?」

 彼女は楽しげに叫びながら殺していく。


 血と臓物に塗れ悪臭漂う屠殺場の中で、アーバンはこの世界はきっと地獄なのだと思った。


 生き延びたのはアーバンとクリフだけだった。


 クリフはセラーナを自分より上だと認めなかった事でオブジェクトの力を発動させなかった。

 しかし刃を叩きつけて壊れないおもちゃを気に入ったセラーナに何度も斬られて全身切り刻まれ血塗れだ。

 しかし彼は真っ直ぐに立ち、ある一点を見つめていた。


 生ゴミとして運ばれるバラバラ死体山の中に、マイナーとレックとその妹の頭が見えた。


 彼らの親がそれを見て泣き叫び嘔吐する。


 クリフはその様子を見て人が変わったかのように怒りで歪んだ顔をした。


 アーバンは幼い頃病に臥せっていた父親が病気の蔓延を防ぐためだと眼前で人間に殺され、その頃から死に対する感覚が他者より鈍くなっていた。

 そんな彼にクリフの気持ちは理解できなかったが、友達の死に対して何かを思える事が羨ましいと感じていた。


 ヤブイヌは魔王と人間との戦いの際に人間側に降伏し、それ以降家畜として飼われるようになった民族だ。


 どうして逃げ出さないのかといえば、集落を囲むように何本も建てられた柱に吊るされた干からびた無数の死体のせいだ。


 逃げ出そうとした者、逃げた先で捕まった者、逃げ延びたが行き場がなく衰弱して死体で見つかった者。そんな者達が吊るされている。


 領主の話ではこれは差別ではなく、モンスターである彼らに対する配慮だという。

 外にある危険をこうして見てわかるようにしている、守られているのだと人間はヤブイヌ達に言った。

 それが嘘なのは明白なのだが、ヤブイヌ達はその嘘に逆らう事ができなかった。


 ある日クリフは集落を出て行った。

 発見されることはなかったが、みんな彼は死んだと思っていた。

 しかしそれから四年後、クリフはふらっと帰ってきて集落の若者達に秘密の計画を持ちかけて回った。


 人間達の港町を消し飛ばして集落に平和をもたらそう。

 そう言って彼は小さな木の板を若者達に手渡していく。

 モンスターの解放運動を支援しているという黒服の男に貰ったオブジェクトなのだという。


 アーバンは人間の事は信用できず賛同しなかった。

 それにクリフがどこかあの時のセラーナのような眼をしていた事に抵抗があった。


 しかし他のみんなは違った。

 地獄のような日常から脱出する為の手段、そして報復のための力を差し出されわきあがった。


 木の板に血判を押せば何をすればいいか頭の中にうかぶのだという。

 クリフに賛同したヤブイヌ達はそれ以降木の板を紐で結び首に下げるようになった。


 みんな何かに取り憑かれたように人が変わり、集落の他のヤブイヌ達にも恐れられるようになった。

 何か良くない事が起こりそうでアーバンはクリフを止めようと声をかける。


「肥溜めに生まれたウジムシが良い暮らししてる人間どもに一発かますにはどうすればいいと思う?」

 クリフにはアーバンの言葉はもう届かないようだった。


「明日の夜、作戦に参加しなかったみんなを連れてあの丘でラビアルの街を見ていてくれ」

 クリフは一点の曇りもない笑顔でそう言った。

 

 アーバンはそれ以上なすすべもなく、ただクリフに言われたように彼の計画に賛同しなかった青年達を連れてあの丘の上からラビアルの街を眺めていた。

 

 街中に一斉に巨大な黒い半球状の爆発が発生した。

 領主の屋敷も飲み込み、人間達の命が一瞬で消し飛んでいく。


 クリフは彼なりに希望と可能性を見せようとしたんだ、そうアーバンは思った。

 でもきっとこの街が滅びた所でヤブイヌの生活が好転することはない。


「俺はあの日の花火の方が好きだよクリフ」

 アーバンは胸に去来する虚しさを耐えきれず言葉にした。


「俺たちこれからどうしたらいいんだ?」

 ヤブイヌの青年の一人が途方に暮れながら言った。


 人間達の支配からは解放されたが、このままでは人間の支援も受けられず飢えて死んでしまう。

 

「港に残された船を使って海賊をしよう」

 アーバンはそう口にする。


「そんな事をしたら、俺たちもう戻れねえぞ」

 青年の一人がおずおずと言った。


 アーバンは力のないみんながクリフの提案に狂う様を思い返す。

 あんな事にならないように誰かがみんなを導かなきゃならない。


 力が必要だった。

 与えられた仮初の力ではない、守り勝ち取る為の力が。


「戻りたい場所なんてどこにもないだろ」

 アーバンは決意の眼差しでみんなを見る。

 そんな彼の気持ちに後押しされたのか、ヤブイヌ達は勇気を奮い立たせた。


「ハッちげえねえ」


「飢えて死ぬくらいなら海賊だろうがなんだろうがやってやれか」


 アーバンはみんなを守りたいと思った。

 あの日クリフが彼に対してそうしてくれたように。

 胸の中の 憧れ(クリフ) を死なさない為に、アーバンは仲間を連れて海賊になった。

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