704回目 アルスマグナ
巷で発生しているモンスターが問題になっている中世時代。
それらは実は錬金術師が生み出した人工生命体「ホムンクルス」の失敗作だった。
騒ぎが大きくなりそれが明るみに出る前に処理する為、錬金術師達は組合を作り、失敗作の素性が判明する前に始末するギルドを運営し始めた。
傭兵グラントは錬金術師ギルドからの依頼を請け負うベテランのエージェントだ。
彼は今日もまた一体ホムンクルスを追い詰め行動不能にした。
通常、普通の人間の体力ではホムンクルスと渡り合うことは不可能だが、グラントは違う。
彼は錬金術師と独自の取引をして、彼らから手に入れたアーティファクトをいくつも所持している。
それを駆使する彼から逃れられた標的はいまだかつて一人もいない。
自らの力で金を錬成できる錬金術師は金銭で自らの研究成果を売るようなことはなく、そんな彼らからアーティファクトを買う為に、グラントは狩りと並行して一工夫していた。
グラントは追い詰めた人狼型のホムンクルスに制御用の首輪型アーティファクトを付け隷従させた。
人狼が必死にそれを外そうとするのを見てグラントは笑う。
「木端個体じゃ外せねぇよ」
「お前、俺を殺しに来たんだろ。なんでこんなことをする」
「ペットとして売ったら高く売れそうだからさ」
ホムンクルスを暴走させた錬金術師の遺品や巻き上げたアーティファクト、それに可能ならばホムンクルスを生け取りにして、他の錬金術師の成果物と物品交換をする。
それがグラントの一工夫だ。
今回も彼の予定通り。
のはずが、彼が人狼を連れて街に戻ると少し予定が狂った。
「お前二十四時間話し続けて疲れねぇのか?」
「全然」
人狼は異常におしゃべりだったのだ。
とくにグラントの悪口や止まってる宿の文句など延々と話し続ける。
一睡もできなかったグラントは人狼を殺さなかったのを後悔した。
「話せないようにしなきゃ売れそうにないな…ったく」
「あんた本当は錬金術師の研究を台無しにしたくてこんな仕事してんじゃねぇの?恨みとかあるだろ?」
「黙れ」
人狼が妙に察しのいいところを見せる所がグラントには頭痛の種でもあった。
そうこうしている間に人狼に対し情が移ってしまったらしく、人里離れた場所でこっそりと殺してしまおうかとすら思わない自分の甘さに彼はため息をつく。
思えば彼にとってこんなに長く誰かと話すのもずいぶん久しぶりのことだった。
人狼の売り手も決まらず、彼の名前を適当にポチと呼び、彼を相棒として仕事をいくつか重ね、周りにも二人組のコンビだと認識され始めた頃。
グラントは人が忽然と消えているという妙な噂を聞き急に豹変する。
彼はギルドに向かいこんな噂があった、俺にやらせろとギルドに直談判する。
話を聞いたギルドマスターはグラントの宿敵絡みの案件だと理解し、特例で彼に討伐の指示を出す。
人が次々に消える失踪事件は過去にも起きていて、その時にグラントの恋人が犠牲になっていた。
失踪した人々の体の残骸だけが発見され、犯人が錬金術師メイナードであると突き止めたグラントは、事を公にされたくなければ自分を雇えとギルドを脅迫した。
グラントは錬金術師への復讐とメイナードの捜索のために今の仕事をしていたのだ。
グラントは以前の操作で得た情報を元にメイナードの居場所を突き止める。
常軌を逸した様子のグラントを心配するポチだったが、彼は止まらず犯人の元に向かってしまう。
ついにメイナードを追い詰めたグラントだったが、実はそれは仕掛けられた罠だった。
メイナードにはギルドの内部メンバーに協力者が存在し、さらにはグラントを危険視する錬金術師達も協力する形で彼を始末する為の計画だった。
メイナードはコートの中に隠した何本もの杖型のアーティファクトでグラントを苦しめる。
メイナードの 研究成果 は人造魔杖。
人間を使って生み出した杖だ。
持っていると人造魔杖に使われている人物の思考と混ざって発狂する呪われたアーティファクト。
優れたマナを持ちながら一般人として才能を埋没させる人々を誘拐し、杖にしていた。
メイナードは煌びやかな栄光を夢見て錬金術師の門を叩いたが、才能が無く他の錬金術師の仕事を手伝う下働きの生活。
そんな中マナの強い人間がそれを活かさず一般人をしているのを見て、その才能を自分が使えればと考え凶行に及んだ。
人造魔杖レベッカを引き抜き戦うメイナード。
それはグラントのかつての恋人の成れの果てだった。
その絶大な力に窮地に立たされるグラント。
メイナードの狂気の中にレベッカのグラントに対する愛情があると知り、なんとか彼女を解放しようと彼は命をかける。
ポチが隠し持っていた虎の子のアーティファクトを使いフォローに入り、グラントはついにメイナードを倒し、レベッカを救うことに成功した。
事件の後ギルド内部のメイナードの協力者一掃のための再編が行われ、グラントはレベッカの残骸を携え彼女の故郷に向かう。
道中どんなわがままも聞いてくれて、イタズラも悪態も許してくれるグラントをポチは心配する。
復讐を終え、レベッカへの想いも果たしたグラントには何も残ってなかった。
レベッカの墓に残骸を埋葬した後、ポチはグラントに「死んだりしないよな?」と尋ねる。
しおらしい様子のポチを見てグラントは複雑な感情を抱く。
相棒をひとりぼっちにするなんてあなたらしくないよ。
レベッカの声が風に乗って聞こえた気がして、グラントは決心する。
「人生って奴はどんだけ空虚でも前に進まなきゃなんねぇ。死んだりしねえよ、俺はまだ生きてるんだからな」
「人間ってめんどくせえな」
相変わらずの悪態をつきながらポチは嬉しそうに尻尾を振る。
グラントはかつてギルドマスターから聞いた話を思い出す。
錬金術師が真理に至る為に行う大いなる業「アルスマグナ」。
それは人が自らの人生の意味を知る為に生きることと似ているという。
自分から全てを奪ったのは錬金術師だったが、今側にいる相棒を生み出したのも錬金術師だ。
錬金術師に関わりながら生きるのが自分の運命なのかもしれない、そう考えながらグラントはポチと歩き出す。
グラントとポチはその場を後にし、新しい二人の人生を始めるのだった。




