703回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 493:夜明けの前に
-
--
---
海軍基地から脱出した僕たちは、行方を悟らせないため山を迂回して谷を下り、海岸沿いの洞窟までやってきた。
ベイルが洞窟の入り口で外の匂いや音を確認している。
「どう?」
「追っ手は来てないみたいだ、なんとかまけたみたいだなぁ」
ベイルはそういうと疲れた様子で僕の隣に腰を下ろす。
「少し休もうぜ、俺もうクタクタだ」
「うん」
僕がそういうとベイルは僕に身を寄せて寝息を立て始めた。
「本当に疲れてたんだね」
僕は彼の頭を撫でながら、その体の傷を見て胸が痛くなった。
琥珀のダガーでガマを生やし、黄色い花粉をこそぎ取るとベイルの傷に振りかける。
次はドクダミを生やして、その葉を潰して湿布のように傷に貼った。
ガマの花粉には止血効果が、ドクダミの葉には抗菌効果がある。
洞窟の外はとっぷりと暗くなって、時折吹き込む夜風が少し肌寒い。
今頃みんなどうしてるだろう。
酷い目に遭わされてないといいけど……。
脳裏に傷ついた仲間達や、海兵に打ち据えられ気を失い、全身傷だらけになり連れていかれる獣人たちの光景がフラッシュバックした。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
「みんなを助けなきゃ……」
僕は立ち上がり、よろめきながら出口に向かおうとした。
「待てよ雄馬」
ベイルは僕の腕を掴んでそう言った。
「早く行かなきゃ、みんなが……約束したんだ」
自責の念と背負った責任で頭の中がまっしろになっていく。
自分でも自分が何をどうするつもりなのかわからなくなっていた。
ただみんなのために何かをしなければ、その気持ちが膨れ上がって破裂しそうだった。
ベイルはそんな僕を引き寄せ、強く抱きしめる。
「お前の気持ちはわかる、だけどそんな状態で焦ったってろくなことにはならねぇんだ」
「でもみんなが酷い目に」
「お前はみんなに託されたんだろ」
「……ッ」
僕はその言葉にハッとなった。
自棄になり何かした気になることで、自分を納得させ楽になろうとしていた。
そんな自分に気づかされたような気持ちだった。
「みんなに与えられた機会を無駄にするな、今は休んで明日考えるんだ」
ベイルの体温が伝わり気持ちが少し穏やかになると、僕は自分の足が震えてることに気づいた。
「俺がそばにいるから、俺がお前を守るから。だから今は休んでくれ、頼む」
ベイルの優しさと温もりが僕の体に染みて、体から力が抜けて立っていられなくなった。
力なくへたり込む僕を、ベイルは抱き抱えて座り込んだ。
自分じゃわからなかったけどもう限界だったみたいだ。
いつかの時とは逆に、今度は僕がベイルに教えられてしまった。
「わかったよ、ベイルの言う通りにする」
あのまま行っていたら今度はベイルを犠牲にしていたかもしれない。
「ごめんね」
僕は涙が溢れて止まらなくなった。
「頑張りすぎだよ雄馬、それがお前のいいとこでもあるんだけどなぁ」
ベイルは小さな子供をあやすように僕を撫でる。
彼の毛皮と温もりが気持ちよくて、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝目が覚めるとベイルはまだ眠っていた。
幸せそうに眠るその顔に小さく笑うと、僕は洞窟の出口まで歩く。
外はまだ陽の光が出る前だった。
海の向こうに船が見える、ドクロマークの旗を掲げた海賊船だ。
あの船にもモンスターたちが乗っているのだろうか、どこを目指す航海なんだろう。
「すっきりした顔になったな」
起きてきたベイルが僕の顔を覗き込み柔らかく笑う。
「ねぇベイル、僕はみんなの希望を実現したい」
それを聞いたベイルはため息混じりに答える。
「他人の期待なんていちいち背負ってたら身がもたねぇぞぉ?」
「でもみんなは命懸けで僕に明日をくれた、その借りは返さなくっちゃ」
「あーあ、こうなっちまうと聞かねぇんだもんなぁ俺の旦那様は。それでなんか手はあるのかよ」
やれやれといった様子のベイルに微笑みながら海の向こうの船を見る。
白み始めた空の下、僕にはその海賊船が海から上る朝日のように輝いて見えた。
僕の心はもう決まっていた。
「ひとまず海賊になるってのはどうかな」
僕がそう言うとベイルは満足げにニヤリと笑った。




