70回目 終わらない夏の旅路へ
彼女は「東京まで♡」と書いたプラカードを手に物凄く恨めしそうな顔をして僕を睨みつけていた。
僕は自転車だけど彼女はいいんだろうか、いやあれはもはやなんでもいいという顔だ。
荷物はウェストポーチくらいだから自転車の後ろの荷台に乗れなくもない。
炎天下で汗だくになり顔を真っ赤にしている彼女をほっておくわけにもいかず、
僕は彼女を自転車に乗せることにした。
僕は受験に失敗し、これまで目的にしてきた人生のルートが目の前で壊れ、
何もかもがどうでもよくなってしまった。
周りは来年に向けて今から勉強するべきだと言ったり、
アルバイトするべきだと言ったり、遊んでもいいんじゃないかと誘われもしたが、
僕は昔からの知人のつてをあてにして東京に行くことにした。
お金はないので自転車で、無謀だとは思う、馬鹿な事をしてるなという自覚はある、
だからこそやりたくなったのだ。
自暴自棄なんかじゃなく、自由を感じながら生きてみたくなった。
自転車をこぎながら僕の身の上話を聞く彼女は退屈そうなそぶりを一つも見せずに、
むしろ興味深そうに相槌や感嘆の声を上げていた。
「君ってなんだか珍しい子だよね、普通他人の身の上話なんて退屈じゃない?」
「そりゃま珍しい事集めるのが仕事だからだねー、初々しい話なんて特に好物だ」
そう言いながら彼女は自転車の荷台に座ったままギターを鳴らし始める。
「わっとと、危ないよ」
「平坦な道だものだいじょぶだいじょぶ、今ちょっとびびっと来たから歌にしたくてさ」
あーあー、と声を出し、咳ばらいを一つ、彼女はギターの旋律に歌を乗せ始める。
それはとても即興だとは思えないような洗練されたメロディ、
彼女の歌声は透き通った風のようで、聞いているとうだるような暑さが少し和らぐような気がした。
なによりその歌詞の力強いメッセージが僕の背中を押してくれるようで、疲れ始めていた足にも活力が湧いてくる。
「君をのっけてよかったって思い始めてきた」
「おや、今までは後悔してた?」
「そりゃぁ重いし、ギターの調整やり出したりするから危ないし」
「重いは女性には失礼だぞ、これでも女性の平均体重より軽いんだから」
ふんっと言いながら彼女はまた歌に戻る。
彼女の嬉々とした感情が歌に乗って僕の胸に響く、
僕はこの旅はきっといい思い出になりそうだと、そんな予感を感じ始めていた。




