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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
千の夜と一話ずつのお話
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67回目 それは死という不変の病

 時坂ときさか のぼるはごく普通の商業系大学に通いながらライトノベル作家を目指す青年だ。アルバイトに大学の単位取得もこなしながら執筆も胸を張って言えるほどではないにしろ書いてきた彼だったが結果は伴わず、大学三年の夏が来た。

 執筆を優先してきたツケで彼には友達と言えるほどの知人がおらず、周囲は事実上最後の遊べる夏休みを謳歌しはじめ彼もこのままだと仕事探した方がいいのかもな、と沈みかけた自分の気持ちを鼓舞するために少し奮発して旅行にいくことにした。


 伸が訪れたのは孤島にある洋館を再利用したリゾートホテル。

 孤島にあるため往来が難しく人数上限を決めて貸切状態での宿泊となる。

 スマホの電波も届かない外界から閉ざされた環境が人気を博している場所で、伸はそこが作家の間でもその特異な環境が執筆に刺激を受けると密かな評判だとSNSで読んだことがあったのだった。


 島にたどり着き執事風やメイド服のホテルマン達や、自分の泊まる客室の値段に見合わない豪華さ、広大な海に岩礁、温泉まであるその環境に興奮し、彼の好きな作家の作品を思い出しながらそのロケーションのどこが作品に影響を与えたのかなんて探してみたり興奮していた伸だったが、その夜いざ自分の作品の執筆に移ろうとするとやはり思いつくのはどこにでもあるような、自分が書かなくても誰かが書きそうな内容だけで、そんな部分だけは彼のにっちもさっちもいかない現実が地続きである事に落胆する。


 コーヒーでも飲もうかと自室を出た彼に一人の女性が声をかける。

 伸と同年代くらいの女性、日野原ひのはら 留美るみだ。

 彼女はとある財団の秘書を務めているが、主がプライベートを楽しみたいという事でフリーになってしまい、手持無沙汰で困っているのだといった。

「なんで俺なんかに声をかけたんですか?」

「こう言っては失礼ですけれど、貴方ならお世話しがいがありそうだなって思いまして」

 優しいんだか辛辣なんだかわからない彼女の態度に困惑しながらも、伸はしっかり下調べしてきたその島の夜の名所に彼女を案内し、向かった先にいた華奢な少年と三人で夜空を眺める。

 

 留美の話ではこの島に滞在しているのは大分して三つのグループに分かれているという。

 一つは財団の関係者、もう一つはある複合企業の重役たち、そして伸達一般人。

 一般人枠の宿泊費用が格安だったのは人数埋めのためであり、本来の分の宿泊費用は財団と複合企業の重役たちが払っているとのことだった。

 伸は隣にいる少年がどっかのお偉いさんだったら大変だと彼の素性を訪ねると、彼も一般人枠の人間だと答えた。彼は黒沢くろさわ 一夜かずやその名前に覚えがあった伸はミステリー作家の同名の作者の書いた本をポーチから取り出して名前を確認する。

 その本をみた少年はサインいるかい?と冗談めかして言った。

 一夜も最近スランプでこの島にインスピレーションを求めてやってきたのだという、そういう彼の横顔が伸にはどこか寂しげに見えた。


 翌日、宿泊客の一人が死体となって発見された。

 財団側の人間の一人だった。


 騒然とする宿泊客達と宿泊施設の従業員達、財団、副業企業それぞれの弁護士と、一般客の中にいた一人の探偵がそれぞれのグループの代表という形でその場を取り仕切った。

 伸はなんだか大変な事になったなと思いながら、探偵もいるし自分は戸締りをきちんとしておくくらいかと脇役に徹する事にした。そうしておけば猟奇殺人でもない限りは自分がターゲットにされることもない。

 しかし部屋に閉じこもるとなるととにかく暇だった、それにここに来るまでに使った費用もけして安くはない。もったいなかった。

 少し不謹慎だとは思ったものの伸はその状況を自分なりに小説の形にまとめてみることにした。

 筆の乗ってきた彼は深夜遅くまで執筆をつづけ、気が付くと机にうつぶせになり眠っていた。

 そしてその朝もまた一人被害者がでた。


 身の危険を感じた伸はホールまで降りると現状把握の為にその場にいる人たちに聞き込みをした。

 そして掴んだ被害者の名前と人物像を聞いてぞっとする。

 昨晩彼は館に起こった事件を元に小説を書き、あまりに調子が良かったので不謹慎にも次に起きる殺人の被害者の部分も書いていた。トリックや時間や場所は異なっていたが、殺された人物は彼が小説の中で書いた被害者と一致していたのだ。


 その日も彼は小説の続きを書く、間違ったことをしているという自覚はありながら、自分の中に芽生えつつあるある事実を確認するために彼は書いた。そしてその翌日に発見された新しい被害者を知った時彼の予感は核心に変わり、伸はそれを一夜に打ち明ける。

 物語の構成としての最適値に沿って殺人が行われている。自分と一緒にこの事件をなんとか止められないかと。


 被害者が出るたびに探偵と弁護士の見分が終わった後に伸と一夜はこっそり死因やトリックの痕跡を調べ、小説を書いた。

 予知に近い形で次に殺される人が分かる、その後人間関係がどうなるかも、次はタイミングの想定も当たる、次はトリックすら。予測し、事件を見て、再び予測する事で精度は上がっていった。


「こうして死んで物になった人ってまるで彫像のようで綺麗だよね」

 その夜の見分で一夜はそういいながら調べていた。

「不思議な感性だなぁ、気の毒だし俺は自分がこうならないか不安になるよ」

 そういう伸に一夜は苦笑する。

「慣れって奴かな、さあ死因を調べようか」


 だんだん殺人事件の魅力にとりつかれ承認欲求の虜になる伸、彼の話し相手として相棒役を務める一夜はそんな彼と親密さを深めていく。

 しかし伸は次に殺されるのが留美だとわかり気持ちが揺れ、彼女に気をつけるように指摘し、トリックも事前に解除する。

 しかし翌日彼女は解除したはずのトリックで殺され、一夜は呆然とする伸に耳打ちする。

「僕達は観客であって舞台に上がるべきじゃないんだ」

 その忠告に思わず彼を疑う伸、一夜は

「君が彼女をすくったら次に殺されるのは誰かわからなかったわけじゃないだろ?僕も苦渋の選択だった、友人を救うために必死だったのさ」

 と曇りのない笑顔を浮かべながら言った。

 ホテルの従業員から留美から預かっていたと手帳と手紙を渡された伸はその事件の真相をしる。


 財団、そして複合企業、二つの陣営がそれぞれ殺人計画と舞台と仕掛けを用意していたが互いに互いが殺人計画を持っていると気づかず最初の殺人が起こり、二つの狂気の歯車に巻き込まれるように人々の命が奪われていた。


 全ては最初の殺人から始まっていた。伸はもう一度最初に殺害された人物と状況を調べる。

 そこで得た事実は最初の殺人自体は事故だった。

 伸はそうなるように仕向けたのは殺人計画が動き出すように仕向けたかった誰かだと気づく。

 動機はわからなかった、偏見の可能性もあったが恐らくそれは一夜の仕業だった。

 仕掛けられた事故に見せかけた幽かなトリックの痕跡は一夜であってもできる、そして彼でなければ仕掛けられないトリックだったからだ。


 恐らく彼は殺戮が起きるのを観戦するために島にやってきていた。


 最初の殺人による殺害の証拠と、この後の殺人計画の開示を関係者に命がけで訴え、伸は最後に一夜の元にやってきた。この事件は彼の自供をもって終わることができる。

 一夜はあの夜、最初に出会ったあの丘にいた。

 隣に立った伸に彼は口を開く。

「この事件の殺人計画は僕が書いたんだ」

 彼はそういった。


 彼には両親が残した莫大な借金があり、複合企業はそれを立て替える代わりにと殺人計画の立案を持ち掛けられた。ミステリー作家に本物の殺人計画を頼むなんて馬鹿げてると彼は断ろうとしたが、彼の元に同じ条件をもって留美が現れたのだ。

 留美は一夜の家から養子に出された彼の実の姉だった。

 姉に殺人計画の片棒を担げと言われ、彼の中で何かが壊れた。

「復讐だったのかもしれない、あの日作家としての僕は現実に殺されてしまったから」

 

「断ってしまえば、僕が破滅するだけですんだのかもしれない。でも僕は自分がみんなのために犠牲になってもいいなんて言えるほど人間という動物の善性を信じることができないんだ」

 彼の横顔はあの夜と同じように孤独の色を浮かべていた。

「でも君は俺との間に友情を感じていた、だから俺を助けようとしてくれたんだろ?」

「ああ、一時の気の迷いだよ。僕の同類が見つかったような気がして舞い上がっていたんだ。君なら僕を理解してくれると信じてしまった」

 実際伸は彼のうちの昏い喜びを少しだけ理解していた、自分だってその快楽に身をゆだねてしまった。だからこそ、彼には言うべき言葉があった。

「こんなこと言える立場じゃない、だけど俺は君の事を今でも友達だと思ってるよ。たとえ間違いを犯したとしても、君は俺の友達だ」

 生きて、自首してほしい。

 彼は心から願いを込めて一夜にそういった、伸の書いたシナリオの最後の被害者は一夜だったのだ。


「やれやれ、お人好しが過ぎると呆れる以外の感情がわかないな。困ったやつだよ君は」

「もし君とまたこうして肩を並べて話せることがあるなら俺は君の人生の支えになるよ。約束する」

 伸がそういうと、登り始めた朝日に照らされながら一夜は静かにほほ笑んだ。

 

 一夜が事件の真相を打ち明け、財団と複合企業はそれぞれに手を引き。

 そしてその惨劇は幕を下ろした。

 

 日常生活に戻った伸はやはり小説家として芽は出ることはなく、やがて大学を卒業し一般企業に入社し忙しい日々を送っていた。

 しかし彼は物語を書き続けている。

 いつか小説家になるため、そしてまた再会う友のために。


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