661回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 455:想いを心に留めて
橋を渡り終えた僕はクロスヴァイン大聖堂に足を踏み入れる。
父さんを連れて出る時はバタバタしていたから周りを見ている余裕はなかったけれど、こうして順番に見ていくとあまりの様子の変化に戸惑う。
以前のここは聖杖バクルスの混沌侵蝕を使い内部の空間を拡大していた。
拡大されていた空間が瞬時に圧縮された影響で、そこらじゅうが歪にゆがみ壊れていた。
人の姿もなく、廃墟のような聖堂を進んでいく。
広く視界をとり建物の構造を見て、あたりをつけて瓦礫を上り目的地に向かう。
階下を眺めながら通路を歩き、廊下を進んでいくと見覚えのある扉が目に入った。
「あった、伊織の工房だ」
工房の看板に、ノックしてから入ること!と書かれたプレートが吊るされている。
陽介が無遠慮に出入りするので怒った伊織がつけた物だ、懐かしくて笑みが出る。
扉を開くとドアベルが鳴り、工房の様子が目に入った。
彼女が消えた時のままだ。
そして中にいた人影が僕に振り返る。
そこに居たのはやはりミキノだった。
憔悴し切った彼女はどこか憑き物が落ちたような顔で僕を迎えた。
「待っていたよ、山桐雄馬」
着崩した服装の印象からだろうか、物腰や立ち振る舞いが僕と同年代の男性のように思える。
「ここに来たという事は、先輩のことを探していたんだろう?」
僕はミキノの問いかけにうなづく。
「先輩ならここにいる、あの時なんとか大罪の悪魔の力の一部を守り抜いたんだ」
彼女は自身の胸に手を当てて言った。
「でも俺にできるのはここまでだ」
ミキノは微かな諦観を込めて言う。
「こんな事言える立場じゃないのはわかってる、だけどお前にしか頼めないんだ」
彼女は一呼吸し自身の中のなにかを飲み下して口を開く。
「どうか先輩を助けてくれ」
「何をしたらいいの」
「先輩の思いを受け止めてくれればいい、彼女の願いはそれだけなんだ」
「わかった」
僕の返事を聞いてミキノは微笑み、その体を光に変えていく。
ミキノだった物は光の球体に変わり、僕はそれから伊織の気配を感じ手を触れる。
光の珠の中に伊織がいるのがわかった。
今にも消えてしまいそうな微かな気配だ。
触れている手に意識を集中すると、僕の意識が彼女の気配に触れるのを感じた。
「伊織、泣いてるの?」
僕の意識は伊織の心に触れ、寄り添い彼女を紡いでいく。
それはどこか祈りにも似ていた。
彼女に会いたいという願いを込め、僕は伊織を虚空から掬い上げる。
光の珠は伊織の姿になり、彼女は静かに目を開けた。
僕は遠くを眺め意識が定かではない様子の伊織を抱きしめる。
「ん……雄馬?ってちょっ!?なにしてんの!?」
伊織は突然のことに驚き戸惑っていたが、すぐに状況を理解したようで静かになった。
「そっか、私また雄馬に迷惑かけちゃったんだ」
「ごめん伊織、なにも気付けなくて」
「謝る必要なんてないわよ、私が勝手に……」
伊織は僕からそっと離れ、そばにあったローブを羽織ると目を背け、口をつぐもうとする。
彼女の中の存在が揺らいで、その体が微かに光り始める。
彼女の気持ちを全て受け止めなければ、伊織は自己を保てずまた眠りについてしまうだろう。
「聞かせて、伊織の気持ち」
伊織は戸惑いながら、僕を横目に見つめ小さな声を出す。
「私が勝手にあんたの事意識して、空回りしてただけなんだから」
そう言うと伊織は天井を見て「あーぁ」と呟く。
「こんな形で告白なんて色気も何もあったもんじゃないわね」
「伊織らしくていいよ」
「言ってくれるじゃない」
伊織は不貞腐れたあと笑顔を見せた。
「ねえ雄馬」
「ん?」
「雄馬は私の事嫌じゃないの?私人間じゃないみたいだけど」
「僕が人間かどうか気にするたちか、伊織はよく知ってると思うけどな」
僕の言葉に伊織は少しキョトンとして、すぐに意味を理解して納得する。
「そうだったわね、モンスターのベイルといつもイチャイチャしてたわあんたは」
そういうと彼女はコロコロと笑う。
体は安定したらしく光は消えた、おそらく彼女の中の不安が存在の不確定化の原因だったんだろう。
「カッコ悪いったらないわ、あんたにこんなに気を使わせてさ」
「気なんて使ってないよ」
「そういうとこだって」
言いながら伊織は服を身につけていく。
「伊織と別れてからずっと君のことを考えてた。この街に戻ってからも君の面影を追わずにいられなくて、だからこの気持ちは本物だと思う」
僕の言葉に伊織はふと手を止め、照れ臭そうに顔をあからめ服の留め具をつける。
「あらたまって言われちゃうと困っちゃうわね」
戸惑いながらも伊織は僕を見つめた。
その視線は気持ちを確かめるように真っ直ぐに僕の目を見ている。
「……本当に?信じていいの?」
「好きだよ伊織」
「嘘、やっぱり気を遣ってる」
伊織はため息をつくが、彼女の視線は柔らかい。
「でも優しい嘘だから騙されてあげる」
そう言うと彼女は僕の胸に頬を当てた。
「あんたには私と別れた後の話たっぷり聞かせてもらうんだから、覚悟しなさい」
「もちろんだよ、ヘルズベルでできた友達も紹介したいしね」
伊織とこうして触れ合えて嬉しい反面、ミキノが犠牲になっていることに胸が少し痛む。
それを察したのか、伊織は僕の目を見て微笑む。
「ミキノは生きてるよ、胸の奥の方にいるのがわかるの。今は眠ってる」
伊織は胸をそっと撫でミキノを労わる。
「私一人の体じゃないからアイツの分まで大切に生きなきゃね」
「こうしてると夢でも見てるみたい。あったかくて優しくて……。あんたは誰にでも優しいって知ってるけどさ」
伊織は潤んだ瞳で僕を見る。
夕陽が反射して彼女の瞳が金色に輝いて見えた。
「ねぇ今だけでいいから、私だけの雄馬でいて。ずっと忘れないように思い出にするから」
僕は伊織の言葉への返事の代わりに、彼女を抱き寄せそっとキスを交わした。




