656回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 450:ギルドプレート
「おいらそいつ嫌いだにゃ……」
僕らに助け出されたリガーは僕にしがみつき、ベイルを睨みつけながら苦々しくそういった、、
「悪かったって、ちょっと悪ふざけしただけだよ」
「そういうとこにゃ!こっちは死にかけたんにゃぞんにゃろー!」
リガーは僕に隠れながらベイルにシッシッと追い払っている。
気が小さいんだから大きいんだかわからない彼が少し可愛く思えた。
「まぁまぁ、それよりなにか僕らに用事でもあったの?」
僕の言葉にリガーはハッとなり、周囲をキョロキョロ確認しはじめた。
「ドルフならいないよ」
「そ、そうだったのかにゃ。なら安心だにゃ」
彼は胸を撫で下ろすと、腹巻きの中から銀色のプレートを取り出し僕に差し出した。
大きめの軍隊のドックタグみたいだ。
人肌で少し暖かい……。
「これは?」
「ギルドプレートにゃ、おみゃーさんの親父さんに術式の更新を頼んでもらいたいのにゃ」
そう言ってリガーはそれまでの経緯を話し始めた。
ギルドプレートにはモンスターを人間に見せる力がある。
しかしカオスバーストなどの強烈な混沌のエネルギーに晒されると一定期間その力を失ってしまう。
その改善のため魔法をかけ直してほしいとのことだった。
「今のお前さんには思い出せないかもしれないが、それがおいら達の元々旅の目的だったのにゃ。ブロードヘインのモンスターの孤児達が逃げ延びる時、聖王が力を貸したって話を聞いてにゃ」
子供達がテンペストに渡ったのがどんな経緯だったかはわからないが、おそらく父さんは僕を呼び寄せるためにやったんだろう。
父さんはどんな気持ちで僕を待っていたんだろう。
「んにゃ!?」
リガーは突然何かを嗅ぎつけ大慌てで逃げ出し姿を消した。
「おーい雄馬ぁ!」
ドルフが僕に声をかけこちらにやってきた。
「やったじゃねえかお前!!」
ドルフは満面の笑みでそう言いながら僕の背中をバンバンと叩き、僕はその勢いで転びそうになった。
「みんなのおかげでね」
僕は照れ笑いしながらそういうと、ドルフの体を見る。
その体は真新しい切り傷が幾つも刻まれていた。
「ああ、これか。黒猟騎士団の団長とちょっとな。空に光が走るのを見て依頼人が死んだとかなんとか言っていなくなりやがって、結局勝負つかなかったんだ」
ドルフは悔しそうな顔をして拳と拳を打ち鳴らし細かな稲妻を毛皮から放出させた。
「おっといけねえ、感情が昂るとまだ大罪魔法が出そうになっちまう」
「ドルフも七獣将なの?」
「いや、俺は七獣将の一人に魔王候補者として認められただけだ。七獣将は自分の選んだ候補者に大罪魔法の力を譲渡することができるんだよ」
「僕もキャリバンとブルーノから大罪魔法をもらったんだけど、これって僕も魔王候補者ってこと?」
僕の言葉を聞いてドルフは目を丸くした。
「マジかよ!?人間が魔王候補者に選ばれるなんて聞いたことねえぞ……だが」
ドルフは僕の左腕の紅玉の腕輪を見て目を細め、僕の頭を撫でる。
「お前ならありえる話か、二つ目のテトラモルフもものにしたんだろ?」
「バクルスは砕けちゃったんだけど」
ポーチからバクルスの欠片をドルフに見せると、彼はそれを手に取りまじまじと見つめた。
バクルスの欠片はクリスタルのような透明な結晶で、その中を微かな光をもつ紫の煙が揺らめいて見える。
「幻影水晶か、このままじゃ扱いにくいし加工してもらったほうがいいかもな」
ドルフは僕に幻影水晶の欠片を返しながらあたりを見回しにおいを嗅ぐ。
「リガーの奴さっきまでここにいたのか?」
「うん、ドルフのこと怖がって逃げちゃった」
「なんだよあいつ、別に取って食やしねぇよ」
「何言ったの?」
「生きるか死ぬかギリギリまで拷問してからなら許してやるって」
「ははは……そりゃ逃げても仕方ないかもね」
「お前は覚えてねえけど、アイツはそうされても仕方ないことしたんだ」
ドルフの目は据わっていて、話を聞いてくれそうにない。
『俺が頼んだと言っておけ』
「グレッグが?」
「隊長がどうかしたのか」
僕の言葉にドルフは微かに目の色を変えた。
「グレッグがリガーに頼んだって」
「……どういう事だ?」
「信じてもらえるかわからないけど、今僕の左腕の中にいるんだよ。本物かどうかはわからないけど」
「なに?なんたってそんな…いや、お前と隊長は揃いのミスリルの山刀を使ってたな」
ドルフはそういうと何か考え始めた。
「マスターの力を借りれば……出来なくはないのか。まさか最初からそのつもりで……?」
彼は腕を組み考え込んだ後に僕を見た。
「隊長と話せるか?」
「わからない、今は黙り込んでしまってて」
僕があくまで山桐雄馬であって、ジョシュアとして活動していた頃の人格ではないと打ち明けないからだろうか。
たしかにそれは卑怯な事かもしれない、だけど僕はドルフに嫌われるようなことをしたくはなかった。
「暗い顔するなって、少なくともそれは良い知らせだ。魂がここにあるなら隊長を生き返らせることもできるかもしれない」
「本当に?」
「ああ、モンスターにはそういう事を可能にする場所がある。っといけねえ、俺はそろそろ行かなきゃ。魔王候補者の仕事放り出してきちまったからな、これ以上長居するとメンツが立たねえ」
「大変なんだね」
「肩書きなんて余分なもの捨ててお前の手伝いをしてやりたいんだが。今の立場を使って魔王軍の活動を抑え込むのも、お前らには必要な事だろうしな」
そういうと彼は少し屈んで僕に頭を差し出す。
僕はドルフの頭を優しく撫で、顎をカリカリと掻く。
彼は軽く喉を鳴らし気持ちよさそうな顔をした。
「悪くないもんだよなこういうのも」
ドルフは僕の顔に軽く頬擦りして舌先で頬を舐める。
キスみたいな感触で少しドキッとした。
彼はそんな僕の反応を楽しむかのように嬉しそうな顔で僕を見る。
「それじゃ、またな」
「またねドルフ」
ドルフの体から稲妻が走り、眩しく光ったかと思うと彼は姿を消していた。
ベイルが唸り声を上げながら僕を背中から抱きしめる。
「どうしたの?」
「マーキング!」
そう言うとベイルは僕をその場に押し倒し、僕の顔をぺろぺろと舐めまわしはじめた。
「わぷっベイルやめて!やめてったら」
「ひゅうまはおれのやから、しっかひにほいつけひゃいと」
そう言うと彼は僕を力一杯抱きしめて、ドルフが舐めた頬を重点的にぺろぺろする。
「鼻息が耳に当たってこそばゆいよぉ」
困りはするもののベイルの気持ちが嬉しくてついにやけてしまう。
「相変わらずお盛んだにゃ、こんな往来で……」
物陰から顔を半分出したリガーがジト目でそう言った。
「戻ってきたの?よく見つからなかったね」
「盗賊舐めんにゃよ!ふふん」
リガーは物陰から飛び出すと、腰に手を当て威張ったポーズで得意げに笑う。
「ドルフの旦那から逃げ回っといてよく言うぜ」
悪態をつくベイルにリガーはフシャーッと声を出して威嚇する。
案外息があってるのかもしれない。
「ドルフの奴がライオネル軍の指揮に戻ったなら、おいらもお前さんと一緒にいた方が安全かもにゃ……」
彼は顎に手を当て考え込む。
「一度ギルドに戻ってもいいとは思うけども、お前さんはこれからどうするかにゃ?」
テンペスト島に残って生きていくのもいいけれど、以前の僕の事を知るにはここから外に出るべきだろう。
ベイルを見ると彼は「俺は雄馬のいく場所ならどこでもついていくぜ」と言った。
「僕は旅を続けるよ。大罪の悪魔を倒せるのはテトラモルフだけ、それに大罪魔法の力も託されてこのままここにいるわけにもいかないだろうから」
「混沌侵蝕で滅びかけのディアナ公国も救わなきゃだしにゃ。地上でディアナ公国兵のマックスが首をながーくして待ってるにゃ」
「それじゃ用事済ませて早く行かなきゃね、魔法のかけ直しが終わったらこのプレートはリガーに返すね」
「うんにゃ、そいつは元々雄馬のものだからそのまま持ってていいにゃ」
「僕の?……そうか、前の僕の物だったんだ」
プレートを見ると、光る文字で以前の僕が引き受けた仕事の内容などが表示された。
それはまるでプレートが僕にお帰りと声をかけているかのように思えた。




