653回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 447:帰路
「兄様」
部屋から出てきたフェルディナンドにそう言われて僕は驚いた。
「あっ、失礼でしたか?」
フェルディナンドは僕の様子を見て上目遣いに言った。
彼なりに勇気を出して言ってくれたみたいだ。
「そんな事ないよ、弟ができて嬉しい。フェルって呼んでも良い?」
「おい雄馬、いくらなんでも気安すぎじゃ」
ベイルがおどおどしている。
「愛称で呼ばれるのは初めてです、でもなんだか暖かくて良いものですね」
フェルはにこやかにそう言った。
「あの兄様、今バクルスの欠片はお持ちですか?」
「うん、何かに使うのかい」
「父上にバクルスの力があればガルドルの石板を破壊できると聞きました」
そう言うとフェルは懐から取り出した石板を僕に差し出した。
「これがガルドルの石板……壊すとどうなるの?」
「ヘルズベルの臣民全てがガルドル文字の呪縛から解放され、棄獣はみな死に絶えます」
棄獣が元はヘルズベルの住民であることはフェルも知っているはずだ、それを全て殺す事の意味も。
「フェルはそれでいいの?」
「これは王であるぼくから兄様への命令です、どうかぼくらを解放してください」
王として責任は全て引き受けるという事らしい。
フェルの目は覚悟を決めた男の目をしていた。
まだ12歳の子供にこんな顔をさせる、そんな物は無くなってしまった方がいい。
僕はガルドルの石板を受け取ると、左手でバクルスの欠片を近づける。
バクルスの欠片を中心に球状の力場が生まれ、左手と石板の間に浮いた欠片が光を放ち回転を速めていく。
ガルドルの石板にひびが入り、朽るように崩れ落ちた。
周囲で人々がざわつき始める。
ガルドル文字が読めなくなったことで支障がでているらしい。
「これから大変だけど、一人で抱え込まないでね。困った時はいつでも僕に相談してくれていいから」
「準備はしてありますから大丈夫、ありがとうございます兄様」
そう言ってフェルはあどけない笑顔を見せた。
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ポプラがワリスについて歩いていると、ワリスはポプラの姿を見て眉をひそめた。
「何よその格好、いつも葬式みたいな白黒の服着てるくせに」
「これはその、心境の変化というか」
「色気付いちゃってやーねぇ」
そう言いながら彼女は飛来してきた自分の鎌をキャッチした。
茶化すような言い方をするワリスにポプラは少しムッとする。
「ワリスちゃんこそなんで鎌なんて持ってるの」
向かっている先はヘルズベルト外界を隔てる門の見える丘だ。
ポプラには彼女の目的は今日行われるあることの見物だと予想できた。
それはワリスには喜ばしい事のはずで、武装する意図がわからない。
場違いというなら彼女の方だとポプラは思った。
「これから始まること邪魔する奴がいたら、これで片付けちゃおうと思って」
「荒っぽい考え方は相変わらずだね」
でも奔放な彼女がそこまで他者を気遣うのはポプラにとって意外な事だった。
ワリスも雄馬と出会って変わったのかもしれない、彼女はそう思った。
ヘルズベルの門が開き、外から棄民が街に入ってくるのが見えた。
その中にはワリスが匿っていた棄民キャラバンの人々の姿もある。
彼らは周囲を見回し覆面を外すと、壁の内側に残してきた家族に迎え入れられていく。
「帰る場所がある人たちはいいよね」
ワリスは羨ましそうにそう言った。
彼女にとって棄民キャラバンは帰る場所でもあったのだろう。
それを失ったのだから寂しさを感じるのも無理もないとポプラは思った。
「あのワリスちゃん」
「雄馬君さ」
ポプラの言葉を遮るようにワリスは話す。
「彼は私みたいなお姉さんが守ってあげるべきだと思うんだけど、どう思う?」
ワリスは挑戦的な笑顔でポプラに尋ねる。
「ワリスちゃんそれはだめだよ」
ポプラにはそれが挑発だとわかっていたが、あえて乗ることにした。
それに彼女としても雄馬のことで良い加減な言いたくはないという気持ちが強かった。
「なに、私とやりあおうっての?」
「雄馬君は私と居る時が一番幸せそうな顔をしてるから、私がそばに居なきゃ」
ポプラは自信のある顔をしてワリスに言った。
「へぇ言うじゃない、それじゃどっちが先に雄馬君を惚れさせるか勝負しましょ」
「望むところだよ」
そう言うと二人はお互いの顔を見て笑いあった。




