646回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 440:山桐一真
ヘルズベルは資源に乏しく、古来からモンスターと交易する事で国力を維持していた。
特に空に浮かぶ島テンペスト島に住む屍竜キャリバンと魔女シコラクスは重要な取引相手だった。
キャリバンの血はあらゆる資源に変えることができ、魔女の魔法はヘルズベルの国難を幾度となく救った。
そうした関係からヘルズベル王家の嫡子は、代々シコラクスから魔法の手解きを受けるのが習わしとなっていた。
しかしその環境ゆえに魔王軍との戦争、そして魔王ヴァールダントの討伐の後、人類側にとって裏切り者の国として下げずまれ、人間の国との交易は途絶え国は貧しくなり疲弊していった。
そんな中父王は日々忙しく公務を行う事になり、子供時代に家族の交流を持てなかったエロイーズは、臣下に屈従を強いる事に自己の存在意義を見出すようになった。
その結果、民衆や貴族たちの怒りの矛先は王族に向けられるようになり。
心労により王が病死。
その状況を使いエロイーズがテンペスト島と関わる者を粛清し救国すると謳い活動を開始した。
父さんはその状況を自分の計画のために利用することにした。
まずテンペスト島で魔女シコラクスを殺し、その後その亡骸を利用して魔法を使い、島の主人屍竜キャリバンを殺した。
そしてキャリバンが所持していた魔王四秘宝の一つ、聖杖バクルスとテンペスト島を手に入れるに至った。
エロイーズが王になろうと内乱を画策していて、これ以上疲弊すると国家維持自体が困難となるため王位の移譲を決めた。
王位の譲渡は自分が死ななければ家臣たちが納得しないため、エロイーズの刺客が襲ってきた際バクルスの精神操作で城中の者に幻覚を見せ死んだことにした。
その後彼はテンペスト島に移り住んだが、テンペスト島にいるのは動物くらいで、彼の目的の為には住民を確保する必要があった。
テンペスト島との関わりを断った事で資源を枯渇させ困窮し始めたヘルズベル。
父さんはテンペスト島の新しい主人、聖王プロスペロを名乗り、ヘルズベルに対しテンペスト島への国ごとの転居を打診。
難色を示しながらも他に手はなくエロイーズはそれを了承した。
テンペスト島は東のヘルズベル、西のメルクリウスに分割して統治されることになった。
フォンターナ派や女王エロイーズの国家運用に不満を持つ者達が次々とメルクリウスに移り住む状況が続き。
民の流出を恐れたエロイーズは、ガルドルの石板と棄獣を用いて国を封鎖した。
「私はメルクリウスに暮らす者達に自由を与えたが、その結果みな欲望に身を任せ腐敗した。エロイーズも支配欲に取り憑かれ、地位を失う事を恐れて狂い破滅してしまった」
彼は残念そうにそう言うと、柱に増殖していく彫像に触れる。
「人は人という形である限り幸せにはなれない、だから私はこの島の住民を楽園という形で統合することにしたんだ。バクルスの心を支配する力があれば、人の認識と存在の境界を壊し、一つの世界にすることができる」
悲鳴にも、歓喜の叫びのようにも聞こえる無数の声が辺りに響き混ざり合って歌になる。
装飾にある人間の造形、その全てがメルクリウスの住民であるようだ。
バクルスの混沌侵蝕に飲み込まれた人が増えるほど、装飾や絵画が増えていくらしい。
「混沌侵蝕を広げれば、境界の中の存在全て精神だけの存在にできる。互いに欠けた部分を補い合う世界は暖かい、誰も他人を傷つける必要のない場所、これこそ理想郷だ」
「押し付けられた理想じゃ誰も幸せになんてなれないよ」
「人は他者を傷つけることで幸せを感じる生き物なんだ、愛では人は救えない。誰かがエゴの体現者になり、人という集合体を調律しなければ」
父さんの目に迷いはない。
でも僕は彼の過去を見て、そして知ってしまった。
誰かが止めなければ、彼は何度でも、自分を犠牲にしてでも過ちのない世界を作ろうとする。
「この世界にお前のための楽園が作りたかったんだ。私はお前を不幸にしてしまった、それだけが心残りだったからね」
「父さんは勘違いしている、救いが必要なのは父さんの方だ」
「私の事などどうでもいいことだ、雄馬、私はお前を幸せにしたい。願いを言いなさい、どんなことでも叶えてみせよう」
「僕は父さんとわかり合いたい」
僕はそう言って拳を構える。
「私と戦うのが望みか、いいだろう」
父さんがバクルスから手を離すと、バクルスはその場に浮遊し静止した。
そして彼も構えを取る、見たことのない流派だ。
だけどその佇まいからは達人の風格が漂っている。
「さあ家族の時間を始めよう」
父さんに促され、僕は彼に向かい足を踏み出した。




