65回目 せめて君の為に祈る誰かの為に
その時代の流星は不吉の象徴であった。
空から落ちてくる光はあるものを人々にもたらしていたからだ。
破壊と暴力の化身、全長20mの巨大怪生物である。
流星群として毎晩降り注ぐその恐怖に狂乱する人々を守るのは人型軍事兵器ロードランナー。
全長8mのそのマシンは投入される数と機動速度で怪生物を攪乱し、急所を突いて殲滅する。
急所を突く役目を任された者は事実上のその隊におけるエースパイロットであり、
メアリー・キャロルとロイド・バーヤングは戦略的に重要視されるほどの戦績を納めるエースパイロットであった。
ロイドは自分が戦績を評価され勲章を授与されるたびそれを複雑な面持ちで受け取っていた。
その理由は軍が防衛する場所や施設にあった。
軍は政府機関が機能を保持することを最優先事項とし、
人命救助はあくまで数として計算され、社会的に優先順位の低い人命に関してはあえて見捨てることすらある。
一般人の救助に関してはもっぱら国民に対する人命優先のアピールのための低級部隊があてがわれていた。
ロイドはスラム出身であり、血のつながりこそないもののその街で絆を繋いだ仲間を心から大切に思っていた。
自分の出身地のファヴェーラやそれ以外のスラムも助けにいける自分の出自から来る低い身分の扱いを好ましいと思っていた。
しかし彼の目覚ましい活躍をメディアは取り上げ、スラムの人すら平等に救う英雄だ救世主だと騒ぎ始める。
世論に注目された彼に対して軍部は彼をシステムとして組み込むための動きを開始した。
軍が勲章を与えるという事はすなわち彼を虚飾で飾り付け、上等な道具として扱う下準備に他ならない。
そして彼の予感は的中し、彼は上位組織に配属が決定しスラムから切り離された。
生来明るく他者を疑うことを知らないメアリーは同期であり親しい友人のロイドが自分と同じ部隊に配属された事を純粋に喜ぶ。
軍に対する不安を吐露するロイドに対してメアリーは
「考えすぎよ、きっと貴方の友達だって守ってくれる」そう言ってほほ笑むのだった。
幾度かの出撃を繰り返し、ロイドは軍から与えられる情報と彼が情報屋から買う情報の食い違いに対して思い悩む。
情報屋からのリークで近く大規模の敵の襲来とその予測落下地点の情報を与えられたロイド、
そこには都市機能の要となっている主要インフラや官邸、そしてスラムが記載されていた。
ロイドが驚き顔を上げるとスラム仲間だった情報屋は彼に縋るような目をしていた。
それに答えることができず目を背けるロイド。そしてその日が訪れる。
政府から与えられた情報には情報屋から与えられた主要インフラと官邸しか落下予測地点がなく、
ロイドに任されたのは発電所の防衛だった。
ロイドは怪生物と戦いながら彼が独自に仕掛けていた監視カメラの映像からスラムに怪生物がやってきた事を知ると、
上官にそれを報告し避難が完了し無人になった発電所を捨ててスラムに向かおうとする。
そんな彼に上官は
「メアリーがスラムの救助担当にあたっている君は継続して発電所の防衛に勤めてくれ」と言い、
怪生物に対して向けられていたはずの無人砲台の砲身が自分の機体に向けられている事を察したロイドは
唇と噛み血を流しながらそれを許諾する。
メアリーは自分の防衛区画に飛来してきた怪生物からファベーラ地区を守っていた。
しかし上官からの通信を受けて彼女の他のメンバーがファベーラ地区から離脱し、
彼女一人では怪生物を仕留めきれず苦戦を強いられる。
「何とかしないと私が守らないと、ロイドの帰る場所がなくなってしまう」
必死に怪生物に抵抗する彼女に上官からの冷徹な指示が下る。
「君は要人の警護に回れ」
「要人警護には元々1部隊配置されています、それに私の部隊のメンバーも向かった防衛のための戦力は足りています。
それにこの地区の怪生物は私が彼のいる地区まで近づけさせない!」
「ファベーラ地区の怪生物は以前飛来した個体と特性を同じくしている、通常の軍事兵器で対処可能だ、君は速やかに指示に従え」
「でも私がいた方が確実です、せめて住民の避難が終わるまでやらせてください!」
「彼は君の支持者の一人だ、君は今の立場を手放したいのか?憧れていたんだろう?
幸せな暮らしを温かい家庭を満たされた人生を、それを手放してまで我を張るというのか」
メアリーは一抹の不安を覚えながらも上官からの何の感情も感じない機械のようなその声の冷たさに逆らえず従う。
そして彼女がファベーラ地区を離れ要人のいる地区に入った瞬間彼女の横を攻撃ヘリが数機彼女と逆方向に向かって飛んで行った。
その機体に搭載された兵器を見てメアリーは絶句する。
彼女が止める間もなくヘリは飛び去り、しばらくした後閃光のような爆炎がファベーラ地区を飲み込むのが見えた。
メアリーは目を見開きその炎を凝視しながら上官に通信をいれる。
「なぜですか、なんでこんなことを、まだ人が、人が残っていたのに」
「あの怪生物は1000度の火力で抹殺可能だ。スラムは化物ごとナパームで焼き払った。尊い犠牲だ彼らに追悼の意を表しよう」
その戦いの後、軍を辞め荷物を背負い基地から歩き去っていくロイドにメアリーが近づいて声をかけた。
「スラムは私の担当地域に入ってた。でも私は、ロイド……私なんて言ったらいいか」
「君が悪いんじゃない、それはわかってるんだ。
だけど俺は君の人間として当たり前の部分がどうしても許せない、悪いのは俺だ、だから俺がここを出て行く」
取り残されたメアリーは今の自分にとって周囲が優しく良い人ばかりである事に痛みを覚え始めた。
彼女の中には自分が残っていさえすれば、あと少しだけ時間を稼いでさえいれば助けられたはずの命があったという現実が抜けないとげのように刺さっていたからだ。
彼女の周りは口をそろえてロイドの人間性について問題があると言い始めた。
スラム出身だから考え方が自分たちと違いすぎて他人に対して悪意しか抱かない、
彼が悪人だから当然悪い事しか起こらない、こうなって当然の末路だと、
メアリーが彼の被害者だとそういいたいかのように。
彼女にもロイドを憎んでほしいと微笑みかける。
そうすれば優しく温かい世界で生きていけると手を差し伸べていた。
「私は利用されてるんだ、もうこれ以上彼を裏切れない」
彼女は自分に一つの小さな罰を与えることにした。
居心地の良さを捨てて、胸の奥でロイドを信じ続けること。
そして彼の力になるためにできることの全てをしようと誓った。
軍を出たロイドを待っていたのはスラムを見捨てたパイロット、彼は人種差別者。と責める各メディアの糾弾だった。
世論もそれに同調し彼は行く先々で白い眼を向けられることとなった。
アパートへの入居すら拒まれ行くあてを失った彼がやってきたのはとあるスラムだった。
情報屋の紹介で出会った中年の男に案内され、住む家にできる廃墟をあてがわれ、
引っ越し祝いだと男が寄越した安酒を呑みかわす。
「あんたの事知ってるぜ、テレビで顔を見たことがある。立派な仕事をしてたのになんでこんなところに来たんだ」
「立派な仕事なんてしていなかったからだ。
俺はずっと人の命じゃなく権力を守っていた、知らないうちに救うべき人達を見殺しにしてきた。
これは罰なんだ、だから俺はこのスラムで運命を共にしたい。もう誰かを守るなんて資格は俺にはないんだ」
「この街の案内がてら君に見せたいものがある」
そう言って男に連れられてロイドは荒廃したスラムの喧騒を見る。
「今や世界中のメディアやネットが毎日君のことを悪人だ裏切り者だと罵っている、
それによりもたらされるささやかな連帯感や共感に人々を酔わせながら、その言葉や意思はまるで霧のように世界の空気を塗り替えた。
彼らを支配するものの名を知っているか、それは悪意だ。
悪意は人の心を包む黒い霧のようなものだ、簡単に真実や本質を包み隠して人々に恐れや不安を植え付けて行く。
君は今本当の自分が誰なのか、君の正体が何者なのかを悪意の霧で見失っている。
このスラムは武闘派揃いでね、争いが絶えない。
なのにこのスラムで誰も君を咎めないか不思議には思わないか?君がここで暮らすことさえ拒まれもしなかった、その理由がこの地下通路だ」
男が合図すると地下鉄の入り口の前に立っていた武装した男たちが道を開けた、男は数歩歩くと後をついてこないロイドに振り返った。
ロイドの眼はこの世界の全てに対する失意で暗く淀み濁っていた、そんな彼を見て男は言う。
「来るんだ、ここには君に必要なものがある。君がかつて信じ、そしてその先に繋がった未来がある」
ロイドは男と共に地下に降りて行く。
壁にはスプレーで描かれた落書きや電飾や様々な装飾が施されていてそれが延々と続いていた。
「君は覚えてないかもしれないがここはかつて君に救われた街なんだよ、誰しもが諦めていた見捨てられると思っていた。
そんな時に君が現れたんだ、私たちのヒーローが。
あの日君が守ったのは私たちの命だけじゃない、世界から見放されていると絶望していた私たちに人としての尊厳、魂を取り戻してくれた。
神なき場所に現れた光、今でもこの街の誰もが君の復活を願いここに思いの丈を描いて行く」
男に言われるまま壁に描かれた言葉を読むとそれはみなロイドに対する感謝や、応援の言葉だった。
失われた星への願いを彼に捧げる言葉の数々、壁には不格好な形の星がその願いの数だけいくつも飾られていた。
それが見渡す限りずっと描かれていた。ロイドは知らずに涙を流していた。
「我々は悪意などに支配されない、そんな安っぽいものよりずっと深い闇から救ってくれた希望があるからだ。
君が今どうやって生きていけばいいかわからないのなら、
世界なんて救わなくていい、ただせめて君のために祈る誰かのために、それは君にとって戦う理由にはならないだろうか」
「知ってたのか、もうすぐここに巨大怪生物が来るって。でも俺に力になれることなんて……」
男はロイドの肩を掴み目を見つめながら力強くいった。
「忘れないでくれ、君の行いは嘘や偽りなんかじゃない、君の示し続けた正義は確かに私たちの胸に刻まれていると」
そう言って男はロイドに一枚の紙を渡して去っていった。
ロイドが紙を開くとそこにはある場所の住所と、作戦決行の時間が書かれていた。
ロイドが紙に書かれた場所に向かうと男がその場に集まった武装集団に対して演説を行っていた。
彼らにあるのはジャンク品の寄せ集めのようなバイクとバギーに、
気休め程度の火器くらいだった。
近づくロイドに気づいた男が彼を見ると、集団は一斉に道を開けてロイドを迎える。
「今時は来た!俺たちの命は俺たちで勝ち取るんだ!!」
男たちは雄たけびをあげながら空に向かって銃を放つ。
放たれた銃弾が当たり男の背後にあった黒い幕をつっていたロープが切れて幕が下りると、
そこにはかつてロイドが使っていたロードランナーの姿があった。
男から合図が出るまで動かないでくれと言われ、
システムチェックをしながら様子をうかがうロイド。
空が一瞬光り轟音と共に地面が揺れた、振動が一回だから敵は一体だと男が通信するが、
ロイドは三体だと言う、ロードランナーのセンサーが微細な振動のずれを感知していたのだ。
ロードランナーの地域マップを展開し男に敵の動きを伝えていくロイド。
男がロイドからの情報をもとに出す部隊への指示からロイドは作戦の意図を読み取り動き出す。
止めようとする男にロイドは作戦の成功率を上げに行く、任せてくれという。
ロードランナー数機による攪乱をバイクやバギーで代用する作戦、
敵が一体ならそれでもどうにかなったかもしれないが三体相手では心もとない。
廃ビルの壁面をバーニアを駆使して屋上まで登ると、
ロイドは一体目の敵を補足、周囲の部隊の配置、地形情報を把握するとワイヤーアンカーでワイヤーを張り、
怪生物の死角に向かいロードランナーの機体を滑り込ませ、その移動によって発生した速度と力で急所を撃ち抜く。
もう一体の怪生物の注意がロイドに向く、ロイドはバイク部隊に指示を出すとそのまま怪生物に突撃する。
陽動なしの攻撃は怪生物の急所をとらえることができない、
しかし彼はワイヤーアンカーを使いワイヤーの壁を作り、バイク部隊が設置した爆薬を起爆してもう一面、
そして最後の一面を自身のロードランナーによって作り、バイク部隊のランチャーの一斉射撃で怪生物の動きを停止させ、
ロードランナーの腕部のドリルで怪生物の体を腹部から背中まで貫き急所を抉り取る。
ロードランナーが振り返るとそこには最後の一体がエネルギーを口に貯め熱線を放出しようとしていた。
緊急回避するロイドだったがロードランナーの右足が切断され機動力を奪われてしまう。
男からの通信が入りロイドは怪生物の攻撃を交わしながら指示された場所に向かうとそこには巨大な杭打機があった。
それを掴み取り、罠として仕掛けられていた網に右足を入れその網をバギー部隊が引っ張り機動力を無理やり底上げすると、
ロイドは杭打機を構えて怪生物に突っ込む。
ロイドに対する熱線攻撃を仕掛けようとする怪生物の口にバイク部隊が攻撃を仕掛け、
その刹那懐に潜り込んだロードランナーは杭打機を怪生物の心臓部分に押し当て貫く。
しかし威力が足りず急所まで届かない。
怪生物が不気味な笑い声をあげて口にエネルギーを貯め始めると、
ロイドは雄たけびをあげながら杭打機を投げ捨て怪生物の腹部に空いた穴をロードランナーの両腕でこじ開けると、
ロードランナーの自爆装置を起動して爆発させその威力で急所ごと怪生物の上半身を消し飛ばした。
その状況に固唾を飲み立ちすくむ男と戦闘部隊員達、
もうもうとたちこめる黒煙の中からロイドが歩いてくる姿が見えると歓声があがった。
その後スラムの住民だけで怪生物を倒したという話が国中に広がり、
国家に頼らない新しい形の対怪生物民間組織が結成されることになった。
その組織の中核をなすのは怪生物と戦った部隊員達と彼らを率いた男、そしてエースパイロットとして復活したロイドだった。
「人を率いるなんてガラじゃない、俺より適任がいるはずだぞ?」
ロイドの背中を叩く男。
「希望は潰えてはならない、それを与えた者は最後まで希望であることを諦めてはならない、
私達はただ君に押し付けているだけだよ、英雄としての偶像であれとね」
そう言って男は笑う。
巨大怪生物襲来の通信が入り部隊が集結する。
ロイドが片腕を高く掲げると彼のグローブの甲に星の形の模様が刻まれていた、その場にいる全ての隊員に同じ模様がある。
彼は星が刻まれた拳を目の前で打ち鳴らして眼光を走らせる。
「小難しい挨拶は抜きだ、デカブツ共のケツに一発かましてやろう!」
隊員たちの呼応する声と共にロイドは再び戦場へと飛び込むのだった。




