623回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 417: 栄光に潜む影
僕はその猫獣人に妙な既視感を覚えた。
「どこかで会ったことありましたっけ」
「あると言えばある、ないと言えばないかにゃー」
そう言いながら彼は周囲をキョロキョロ見回し、通行人にビクビクしたりする。
「どうしたんです?」
不審者の人かな?
「ドルフのやつに見つかったら事だからにゃ……くわばらくわばら」
という事は以前の僕の知り合いなのかもしれない。
猫獣人は僕に近づき赤い布の包みを手渡してきた。
包みからは微かに血の匂いがする。
物騒だが以前の僕のことを知る手がかりかも、僕は包みを開けようと手をかける。
「待った!それは開けちゃダメにゃ。手に入れるのに死ぬほど苦労したんだにゃ、布を取ったら全部台無しにゃ」
血染めの布で包まれた何か、開けちゃダメってなると胡散臭さが増してくるんだが……。
「じゃあいらないです」
僕が突き返そうとすると、彼はふくよかな見た目に反した軽やかなステップで距離をとった。
「返品不可にゃ、あーやっと手放せてすっきりしたにゃ」
そういうと猫獣人は本当に嬉しそうに小躍りした。
手放せて嬉しいものとか完全に厄介物では。
生々しい指を渡してくるワリスといい、ヘルズベルに来てからこんな事ばかりだ。
僕は怪訝な顔をしながら川に包みを捨てようとした。
しかし猫獣人が大慌てで僕にしがみつく。
チェッ気づかれたか……。
「だー!ダメだって言ってるにゃ。それを手放したりしたらグレッグの旦那がブチギレにゃ!!」
「グレッグが?」
猫獣人はグレッグと僕の関係について何か知っているのだろうか。
「おっリガー君じゃん」
猫獣人にグレッグの事を聞こうとしたら、聞き覚えのある声がした。
「うげッ…エドガー、生きてたのかにゃ」
「ご挨拶だなぁ」
惚けた顔で笑いながら現れたのは、棄民闘技場でチームを組んでいた中年剣闘士だった。
「無事だったんですね」
「お互いにね、また会えてよかった」
近づいてきた彼に、僕の左腕が勝手に山刀を引き抜き刃を向けた。
「おっと、物騒だねぇ」
「ちょっ、グレッグいきなりなに」
『こいつは敵だ』
グレッグはそう言って山刀で斬りかかろうとする。
僕は左腕を右手で押さえ、気合いでグレッグから体の自由を奪い返す。
意識をしっかり持てば完全にコントロールを奪われるという事はないらしい。
安心はしたが常に気が抜けないのは困った。
「なんだか大変そうだね、これでも食べて元気出してよ」
そう言ってエドガーは僕らにアメリカンドッグを投げてよこした。
僕は持ち手を掴み、リガーは器用に口でキャッチして食べる。
「今の太刀筋前に戦ったグレッグって犬獣人に似てたなぁ、君もしかして彼の弟子だったりする?」
「モグモグ、んーにゃ、左腕に本人が入ってるんだにゃ」
「それはまた、歩くシェアハウスだね」
そう言いながらエドガーは笑う。
「笑い事じゃないですよ」
アメリカンドッグを一口齧る。
甘じょっぱいアメリカンドッグが胃の中に入ると、少し気持ちが落ち着くのを感じた。
いつの間にか空腹になっていたらしい。
「エドガーさんは彼はどういう関係だったんですか?」
「魔王軍と人間の戦争時に戦った敵同士だね。あの頃は手当たり次第にモンスターを斬った、その中に彼の部下も何人もいた、だから恨まれていてもおかしくはないよ」
だからさっきの事は気にしなくて良い、そう言うように彼は優しい目線を僕に送る。
「英雄になりたい、そうあるべきだって思い込んでた。若気の至りってやつさ」
彼はそう言うとコロシアムを見つめて目を細める。
「剣闘士のジュリアって子いるじゃない、彼女がああなっちゃったの俺のせいでね」
「どういう事ですか?」
「あの子俺の娘なんだ」




