616回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 411:好きになった理由
「意外と人数がたくさんいますわね、見える範囲だけでも十五人……もっとかもしれませんわ」
積み上げた木箱の上から窓の外を見たエスメはそう言って降りてきた。
「ここはどうやら地上へ繋がる埠頭の大倉庫の3階ですわね。なぜだか知りませんが剣闘士もいますし、わたくし達だけで逃げるのは少し難しいかも」
戦力的にはアリスの力でどうとでもなるが、そうするとプレイヤーがヘルズベルにいる事が知れ渡ってしまう。
それに力が強すぎて人死が出るかも知れない、そう思うとアリスは強硬手段を取る気にはなれなかった。
「ごめんねエスメ、こんな時なのに」
「仕方ないですわ、わたくしだって人を殺すなんて考えたくもないですもの。それに謝らなければいけないのはわたくしの方です」
「どうして?」
「わたくし達を攫った男達は、昔わたくしの家に仕えていた召使い達でしたの」
エスメは少し悔しそうな顔をした。
「貴族として不甲斐ないばかりに、あなたにまで迷惑をかけてしまって、わたくし令嬢失格ですわ」
「そんな事ないよ、今のエスメなんだか誇り高くて令嬢ポイント高めだもん」
「あら、そうですの?オホホホ、わたくしでもやればできるんですのよオホホホホホ!」
褒められると調子に乗っちゃうのが庶民っぽいんだよな。と少し思ったがアリスは胸に秘めた。
「オホッゲホッゲホッ、埃っぽい場所で高笑いするものじゃありませんわね……むっなぜ笑うんですの」
「ふふふ、つられ笑いですわ」
「発音が関西弁ですわよ、まぁいいですけど。さて次はどういたしましょう」
「脱出に役立ちそうなものを探すのはどう?」
「採用ですわ!あとせっかくですから何かお話ししましょう、二人っきりですし内緒話がいいですわね」
アリスとエスメはそれぞれ役に立ちそうなものを探しはじめた。
エスメは鍵のかかった箱を見つけ、縦巻きロールの中から小さなピンを取り出しニンマリ笑ってアリスを見る。
「たとえば恋バナとか?」
「好きだねそういうの」
「んふふ、もちろんですわ」
「エスメは好きな人いるの?」
「お父様ですわ!」
「誤魔化すの禁止」
「むぐ……残念ながらいませんわ、だから参考に聞いておきたいというか。殿方を好きになるってどんな感じなんですの?」
「私の場合はなんか自然に……」
「いじわるしないで教えてほしいですわ」
エスメはくねくね動いてアリスにねだる。
「これは観念して話すしかなさそうだよアリス」
ロビンはアリスの肩の上でそう言った。
「はくじょうもの」
アリスはロビンにそう言って軽くデコピンする。
「私祓魔師を始めた頃、みんなとどう付き合ったらいいかわからなくて、ずっと一人ぼっちだったの」
アリスはその頃を思い出しながら、ロビンの頭を撫でる。
引っ込み思案で話し下手な彼女は、前の世界の現実でも友達がいなかった。
ぬいぐるみだけが話し相手で、アリスが幻想使いのジョブを選んだのもそれが理由だった。
「そんな私に声をかけてくれたのが陽介。それからもう一人伊織って子とも親しくなって、三人で一緒にいる事が増えたんだ」
あれこれ遊びを提案する陽介に付き合っていたら、アリスも伊織も知らず知らず彼のペースに飲み込まれ、馬鹿なことをしながら面白おかしく日々を過ごしていた。
「陽介って不思議でね、一緒にいるとどんなに落ち込んでても楽しい気持ちになるんだ。話をしたり遊んだりしてると、つられて明るい性格になっていくの」
思えばアリスは内向的な自分があまり好きではなかった。
自分の意見を言えるようになったのは陽介のおかげだ。
「私は彼と一緒にいる時の自分が好き、だから陽介のことが好きになったんだと思う」
言い終わった後、アリスはふと我に帰り恥ずかしさで赤面した。
「陽介には内緒だからね?」
「もちろんですわ!はわぁ〜……なんて素敵なんでしょう、それが恋なんですわね」
エスメはうっとりとした顔をしながら、鍵穴に入れたピンを捻り鍵を開けた。
「ちょろいモンですわ」
エスメは唇を舌で舐めて得意げにつぶやく。
「令嬢がピッキング?」
ロビンの何気ない一言にエスメはギクッとした。
「オッ、オホホホ、これはレディの嗜みでございますことよ?宝石箱の鍵を無くした時に必須ですもの?」
「大丈夫だよエスメ、私はわかってるから」
エスメは没落貴族だし色々苦労してるんだろうなとアリスは彼女に微笑む。
ロビンもアリスにならい嘘くさい笑顔でエスメを見た。
「二人して生暖かい目でわたくしを見るのやめていただけます?」
「それで何が入ってたの?」
「鍵をかけてまで仕舞うんですもの、きっとお宝に決まってますわ!」
もう目的自体変わってるエスメに苦笑しながらアリスは箱を開く。
中のものを見て二人は目を丸くした。
「また物騒なものがあったものですわね、倉庫ですわよここ」
「でもこれを使えば」
「ええ、いけそうですわね!」
二人はお互いの顔を見てうなづいた。




