609回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 404: 二つの心の狭間で
「まったく二人とも俺をなんだと思ってんだよぉ」
「ごめんごめん」
僕は不貞腐れるベイルの頭を撫でる。
口では不機嫌だが、彼は目を覚ましてからずっと僕を抱きしめたまま離さない。
それに彼が起き抜けに泣きながら僕の顔を舐め回したので、僕の顔はベトベトだ。
「これで顔拭いな」
ブルーノがそう言って投げたタオルを受け取り顔を拭くと、僕は少し気掛かりな事を彼に聞いた。
「ブルーノはこれからどうするの?」
彼の力を見た女王が彼を放っておく筈がない。
ましてフォンターナ派のスモーカーさんの元にいる彼を危険視しないとは言い難いだろう。
「さっき頭にワリスってねーちゃんが匿ってくれるって連絡が入ったから、深夜にこの邸を出ることにするよ」
ブルーノを連れてきたのはワリス達黒騎士団だ、彼女が匿うというのは少し疑問はある。
だけどワリスはこの国の変革を望んでいる、そう考えればここに居るより彼女の元の方が安全だ。
「あれが話に聞くヘルズベルのなんとかポストって奴か、頭に直接メッセージが届くのはなんだか変な気分だな」
ブルーノはそう言ってヘルズベルの景色を眺める。
「これが今お前が毎日見てる景色なんだな……」
彼はなんだか少し寂しそうに言った。
「ゆう坊、琥珀のダガーを出してくれるか?」
「どうするの?」
ポーチから琥珀のダガーを取り出し、ブルーノによく見える様に差し出す。
「そのまま持っていてくれ」
ブルーノは自分の人差し指を額に当てて目を閉じる。
人差し指の先端から黒い粒子が散り始め、彼はその指で琥珀のダガーの刃に触れて、血を流した。
ダガーを伝って流れる血はふっと吸い込まれる様に消え、琥珀のダガーから一瞬黒い粒子が散った。
「なにをしたの?」
「ゆう坊の無事を祈るおまじないだ。俺にはコレくらいしかしてやれねえが……」
彼は目を伏せ口惜しそうな顔をしたあと、僕の左腕を見る。
「それとお前の中にいる誰かに話しておきたいことがある、聞いてるんだろ」
ブルーノは僕の左腕に触れて言った。
「グレッグの事わかるの?」
「プレイヤーのスキルはモンスターを無感情に殺せなきゃ発動しない。ゆう坊の代わりにスキルを発動させる何かが体の中にいると考えれば説明はつく」
つまり僕の中にいるのは本物のグレッグかも知れないってことだろうか。
「お前が何者なのかは知らない、何故あの時ゆう坊に力を貸してくれたのかもわからない。だが……ゆう坊を助けてくれてありがとう」
「ブルーノ……」
「それとできる事ならこれからもこいつに力を貸してやってほしい。ゆう坊は俺たちにとって必要な人間なんだ、頼む」
返事はない。
それもそうだ、グレッグが求めているのは今の僕じゃないんだから。
僕を助けてくれた理由も、僕の体を守る為でしかない。
グレッグがそう考えている事を知った時、ドルフはどうするだろう。
考えると少し気持ちが重くなった。
僕は湧いてきた暗い気持ちを押し殺して笑顔を作り、ブルーノに笑顔を見せる。
「ありがとうブルーノ。そろそろ夕食の支度する頃だから行くね」
「おお、ゆう坊の手料理は久しぶりだな」
「腕によりをかけて作るから期待してて!」
僕は部屋を出ると厨房へと向かった。
厨房にはシスティーナさん、それにアリス達リトルメイド三人の姿があった。
「雄馬、お願いがあるんだけど……」
アリスは僕に少し恥ずかしそうに言った。




