604回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 399: 魂の叫びと共に
「ウッ……くぅ」
強烈な拳を喰らったせいで頭がくらくらする。
体に力が入らず起き上がれない。
ただ足音と、地面を動く影からブルーノが近づいてきている事だけはわかった。
「俺はもうゆう坊みたいな奴が不幸になるのは見たくねえんだ……」
僕のそばで立ち止まった大きな人影が形を変える、踏み潰すつもりだ!
僕は歯を食いしばり無理やり体を転がし、ブルーノの踏みつけを回避する。
「ッ……あァッ!!」
地面を殴りつけて起き上がり血を吐き捨て、構えを取りブルーノを睨む。
アドレナリンが体の痛みを麻痺させるのを感じた、まだ動ける。
僕はポーチから一掴み種を取り出しブルーノに投げつけ、彼の足元と同時に何本もの木の棒を生やして彼を即席の檻に閉じ込め、走り出す。
「俺はかつて七獣将として戦った、だがその結果ヴァールダント様は倒され、結局大切な仲間もみんな死なせてしまった」
ブルーノは檻に手をあて、ため息を吐く。
「俺は不甲斐ない自分を罰するため奴隷になる道を選んだ」
そう呟き棒を握ると、檻全体が自重で崩壊したかのように砕けて地面に崩れ落ち、彼は背後から迫った僕の棒を振り向きざま左腕で受け止め、僕の目を見据えた。
怒りや憎しみではなく、親愛の情を感じる悲しげな瞳がそこにあった。
「そんな生きる価値の無い俺にお前は温もりを与えてくれた」
ブルーノは棒を払い僕の姿勢を崩すと、右手の斧で僕の脇腹を狙う。
僕は地面から木の柱を弧を描くように連続して生み出し、そこを足場にして地面と垂直に走りブルーノの攻撃を避ける。
ブルーノが斧を振れないように、彼の周囲にも柱をいくつも発生させる。
「ゆう坊!お前だけは失いたくねぇ!!」
悲鳴にも似た叫び声に胸が痛む。
彼を突き動かす苦しみは僕にはわかってあげられない。
ブルーノは柱など存在しないかのように斧を振るい、柱も砂でできているかのように砕けていく。
トップスピードを保ったままの彼の斧が僕に迫ってきた。
「今度こそ守ってみせる、その為にたとえお前の心を砕くことになっても」
「ブルーノは前に進むことが怖くなってしまったんだね」
僕はブルーノの股下目掛けて飛びスライディングですり抜け、彼の右足首のアキレス腱を棒で殴りつける。棒はその衝撃で砕け散った。
彼は体を翻し左拳のアッパーを僕に放つ。
辛うじて回避するが、彼から放出されるなんらかの力場がアリーナの地面を抉り爆発させたように吹き飛ばす。
嫌な汗が流れた。
あんなのを喰らったら粉々になってしまう。
もうブルーノ自身が自分を制御できなくなってるのかも知れない。
「怠惰の大罪魔法、皮肉なもんだな……。悲嘆に暮れるのが愚かだとはわかっている、だが立ち止まってしまえば失われることは無い」
「自分を責めて世界に絶望して、殻に閉じこもっていたって何も変わらないよ」
「何も変わらなくていい!」
叫びながらブルーノが放った斬撃は狙いが僅かにぶれていた。
その隙を縫い僕は彼の懐に潜り込み脇腹に左膝を入れ、その反動を使い距離を離す。
筋肉自体は頑強でもそれをまとめて引っ張る腱には負担がかかりやすい、最も体重のかかるアキレス腱ならそれが顕著になる。
スポーツ選手が故障する時に腱を痛めることが多いのはそれが原因だ。
つまり外的な力で強制的にブルーノを故障させ動けなくする。
今ブルーノの一撃がブレたのは僕の攻撃が通ったことを意味していた。
「悪い結果になるよりはずっとマシだ」
彼は泣きそうな顔で嘆願するように僕に言った。
彼の気持ちに応えたい、でもそれは許されない事だ。だって。
「それじゃブルーノが救われない、僕はそんなの嫌だ」
「ゆう坊……そうやって他人の事ばかり、お前みたいな奴はすり潰されて死んじまう、誰かが無理やり止めてやらにゃ」
彼は全身に力を漲らせ、瞬時に僕に距離を詰め両手で掲げた斧を僕に振り下ろそうとした。
「ブルーノ、僕はここで止まるわけにはいかない」
僕は彼の攻撃をバク宙でかわし、空中にいる間に両分銅鎖のような蔦を産み出してブルーノの足に投げつける。
彼が足の自由を失い地面に手をつく。
その隙を突き巨木の木の根のような蔦で彼を拘束し、着地と同時に棒を生み出しながら飛び込み前転で彼の背後に回る。
ブルーノが全身に力を入れて拘束を粉砕した瞬間、左足首を棒で殴りつける。
ブキンッという手応えと共にブルーノの体がぐらついた。
「君を過去の呪縛から解き放つ」
僕はブルーノの眉間に向かって棒を叩きつける。
棒は砕け散り、ブルーノの額から血が噴き出した。
「その為に僕は潰されないと証明する!!」
ブルーノは揺るぎない闘志をたたえたまま、僕を睨みつける。
「ゆう坊……この馬鹿野郎が!!」
彼の周囲の空間が歪み、ブルーノの全身を黒い力場の鎧が包みこむ。
空や大地が悲鳴を上げるような禍々しい異音が響き渡る。
いよいよブルーノの本気が来るらしい、僕は深呼吸して緊張を抑え、七獣将としての姿を表したブルーノに向き合った。




