61回目 先生の事が好きなんです
中学生の弘人は家庭教師の花恋の事が好きだった。
年齢は大学生くらい、艶やかな長い黒髪と大人の魅力を感じる彼女の香り、
そして彼女の吸い込まれそうにミステリアスな表情が弘人の心を掴んで離さなかった。
ある日弘人は花恋にそれとなく
「俺先生の事好きです、付き合ってもらえませんか」
そういった。
彼女はあっけにとられた後少し悲しげに笑って
「おませさん、君には同年代の女の子の方が良いと思うよ」
そういって彼女は弘人の頭をぽんぽんと撫でた。
「子供扱いしないで欲しいんだけどなぁ」
弘人はそう呟くと勉強の続きをした。
後日弘人は花恋にやっぱり先生の事が好きなんですと打ち明ける。
彼女は最初に言われた時のようにあっけにとられた顔をすると、
頬に指をあてながら首を傾げ、弘人の頭をぽんぽんと撫でる。
そんなことを何度か繰り返すうちに、花恋は彼女の秘密を打ち明け始めた。
実は花恋は自分の事を好きになった人の好意を食べて生きている悪魔なのだという。
一度本気で恋をした事があり、相手があまりにも自分の事を好きになりすぎて
相手の好意を失いたくなくて好意を食べられなくなって自分の存在が消えてしまうのが怖くて
ある日思い切って相手の気持ちを食べた。
そのあと急に相手の心が抜け殻になってしまい、
少し目を離した間に死んでしまった。
それ以来彼女は自分が相手の事を好きにならないように気を付けるようになったのだという。
家庭教師をしているのも先生と生徒という関係の距離感、
受験が終われば清算される関係が立場上ちょうどよかったから。
「弘人君との関係も私にとっては食事のためのものなんだけれど、それでも好き?」
弘人はそういう彼女に頷くと彼女は困ったように微笑み彼の頭をいつものように撫でる。
実は花恋は弘人に会うたびに彼の彼女に対する好意を食べていたのだという。
なのに弘人はずっと花恋の事が好きでい続けてしまう。
「キスをしたら君の心がもっとわかるようになるのかな?」
弘人試すように唇を差し出した花恋に精いっぱい大人ぶって口づけをした。
ひとときの接触をおえて見つめあう花恋の瞳は弘人に親愛を伝えていた。
「俺きっと明日も先生を好きになるから、
だから何度好きな気持ちを食べられても平気です」
彼女は何も言わずただ瞳を静かに閉じて微笑みながら頷く。
弘人は自分が彼女の心の入ってはいけないところに入りかけている事に気づく。
でも彼にはもう彼女を一人になんてできなかった、
彼女の孤独に寄り添う存在になりたいと思い彼女をそっと抱きしめた。
彼は彼女を包むにはまだ不釣り合いなくらい小さな自分の体が歯痒く、
明日は今日よりもっと彼女のために大きな自分になろう、彼は心の中でそう決意するのだった。




