599回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 394: 穏やかな気持ちになれるのは
「あー君かぁ」
「なにようそのめんどくさそうな顔は」
ワリスは残念そうな顔をした。
「もっとこう、ワリス!無事だったんだね!!とか感涙してもいいのよ?」
「殺しても死にそうにない人が何言ってんの」
「わぁ冷たい、さすがに傷ついちゃうなぁ」
ワリスはそう言いながら椅子に座り、ウェイターが運んできたパニーニスタイルのスキャッチャータを手にする。
スキャッチャータはフォカッチャを薄くパリパリに焼いて具材を挟んだもの、それを頬張り舌鼓を打つ彼女の様子にみじんも傷心は感じない。
「心にもない事言わないの、何か用事?」
「次の対戦相手の事なんだけどね。本気で戦わないと雄馬君でも危ないから忠告に来たの」
「ブルーノが……?」
たしかにガタイはいいし筋骨隆々だけど、彼の温和な性格的にそんなことあり得るんだろうか。
「あら、もう知ってたんだ」
「お前らが連れてきたって事もな」
ベイルはそう言ってワリスを睨みつける。
「仕事の事は話したでしょ?私公私混同はしないタイプだから」
ワリスは悪びれずにそう返すと、ウェイターからコーヒーを受け取り一口飲む。
そうは言うものの、彼女の場合女王に対する何かしらの嫌がらせのために引き受けてそうではある。
「女王に頼まれて私とセナって男の子で連れてきたんだ。とはいえ死刃が通用しなくて、お願いって形になったんだけどね」
ワリスは頬に手を当て大変だったなぁというような表情をした。
「君が危ない橋渡ってるの教えたら、逆に向こうから無理矢理頼まれちゃった。雄馬君に剣闘士をやめさせるってすごい剣幕でね」
「言い方が悪かったんじゃねえの?ウェイターさんこいつと同じの一つ、あとボンボボーボ?おかわり!」
「真似しないでくれる?あっ、ウェイターさん私にもボンボローネ一つお願いね」
「お前も真似してんじゃんかよぉ」
「雄馬君が美味しそうに食べてたから気になったんだもの」
そういうと彼女はごく自然な流れでベイルのカフェラテを飲んだ。
「おい、それ俺の!」
「カフェラテも悪くないわね。それじゃ話の続きなんだけど、牛獣人の彼も虎のお兄さんと同じで私の死刃が通じないし、たぶんただのモンスターじゃない。向こうが本気で来るなら生半可な気持ちじゃ勝てないよ」
「棄獣の群れで大変なことになってたけど、ドルフは無事?」
「私が最後に見た時はピンピンしてた、やる事があるってどこかに行っちゃったけど」
ドルフが無事だって事がわかっただけでもよかった。
僕が差し出したカフェラテを飲むベイルも少しホッとした様な顔をしている。
グレッグを名乗る左腕のことについて彼の意見を聞いておきたいとこだけど、また会えた時に聞くことしよう。
彼の目的は僕を地上に連れ帰る事、このままお別れなんて事はないはずだ。
「今回は私達も余計な干渉はしないから、牛のおじさんが納得するまで付き合ってあげるしかないわね」
「ブルーノがそうしたいなら仕方ない、受けて立つよ」
「対戦相手の話を聞いて落ち込むかと思ったけど、問題なさそうでよかった。余計な事情で試合がつまらなくなるのはごめんだもの」
ワリスは伸びをすると席を立ち、僕の顔を見た。
「良い顔してる、私の雄馬君はそうでなくっちゃ」
彼女は小さく微笑み、通りかかった通行人の中に幻の様に消えていった。
「ケッ相変わらず何考えてんだかわかんねー女だなぁ」
「敵意はないんじゃないかな」
「雄馬のそういうとこ危なっかしいんだよな」
そう言うとベイルは運ばれてきたスキャッチャータを大きな口で一口に食べた。
「意外とうめえこれ」
ベイルは嬉しそうに笑う。
彼と一緒にいると気持ちが優しくなる、正直ベイルのおかげで平静さを保ててると言っていい。
いつもありがとうという気持ちを込めて彼の頬についたソースを指で拭う。
「お土産にみんなの分も買って帰ろっか」
「おー、ついでに俺が邸で食う分追加な!」
「まだ食べるんだ」
僕はベイルに苦笑して、スキャッチャータを持ちかえりで頼むと邸へ帰った。




