592回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 389: 僕の怖いもの
帰り道も邸についてからも、ずっとベイルは僕に密着して過ごしていた。
ご飯を食べている時もそんな調子で、みんなからの困惑の目が痛かった。
トイレまでついてこようとしたので、そこはいい感じにフェイントを仕掛けてトイレに逃げ込んだものの、餓えた猫が飼い主を呼ぶように扉をカリカリと掻きながら「雄馬ぁまだかよう」と連呼するので落ち着かなかった。
そんなこんなでその後一緒にお風呂に入り、風呂上がりからもやっぱり密着されるのかと思ったら違った。
彼は僕の真剣な顔で僕の全身くまなく匂いを嗅ぎ、顎を必死に僕の体に擦り付けてはまた匂いを嗅ぎを繰り返していた。
なんだこの奇行は。
「なにしてるの?」
「マーキング……雄馬にあの女の匂いがついてるから」
ベイルは据わった目つきをして、真剣にそう言った。
「じゃあ僕からもベイルにマーキングしちゃおっと」
「うわっちょっ!」
僕はベイルをベットに押し倒して、胸の毛を顔面でもふもふしながらベイルの顎を指でカリカリと掻く。
「おーそこそこ……」
ベイルはうっとりとした顔をして、降参のポーズで僕にされるがままに撫でくりまわされる。
ベイルは小さく嬌声を上げながら、体を身悶えさせる。
その動きが艶かしく、彼の恍惚とした顔が蕩けた視線を僕に向ける。
「はぁ……はぁ……、んっ、はぁ。雄馬さえよければ、俺を好きにしていいんだぞ」
ベイルはそう言いながら更なる快感が欲しくてたまらないといった顔をする。
「それじゃマッサージでベイルが気を失わなかったらしようか」
そういうと僕はマッサージの姿勢になり、ベイルの足のツボから順番に揉みほぐしていく。
「ひゃあん!?それは待っ、やめれェ!」
ベイルは情けない声で悶えながらも、顔を真っ赤にして舌を出し尻尾を勢いよく振る。
「えっへへ、体が喜んでますよお客さぁん」
「ヒィッ目が、目が怖いい」
よがるベイルが可愛くてやばい表情をしてしまっているようだ。
だけどこの部屋には二人きりだし関係ない。
ベイルはビクビクと体を爆ぜさせ、全身の感度良好っぷりを発揮していく。
実にマッサージしがいがある。
結局彼は舌をむき出しに涎と鼻水を垂らして気持ちよさそうな顔で気絶した。
ベイルの涎などを拭き取り彼をソファーに寝かせて、僕はベッドのシーツを交換したり後片付けをした。
日常的にこんな調子なのでシスティーナさんにお願いして替えのシーツなどいつも一揃え用意してもらっている。
そうこうしているとベイルが目を覚まし、寝転んだまま片付けをする僕をじっと見つめた。
「雄馬っていつも果敢に戦うよな、一区画更地にするような暴れ方したあの女にも普通に接してるしよ。お前って怖いものとかないのか?」
「あるよ」
僕は汚れたシーツを畳みながら言った。
「へー、何が怖いんだ」
「孤独」
そう言うとシーツをカゴに入れる。
「どういう事だ?」
ベイルはキョトンとした顔をする。
僕はそんな彼の隣に座った。
「一人になるのが怖いんだ。この世界にくるまで寂しい生活が長かったから、ひとりぼっちになるのが怖い」
「そっか、じゃあ俺がお前を怖いものから守る」
ベイルはそういうと起き上がって、力一杯僕を抱きしめる。
「苦しいよベイル」
「怖いの消えろ、怖いの消えろぉ」
そう言いながらベイルは僕に頬擦りして顔を舐める。
「うわぷ!ベイルストップストップ」
せっかくお風呂に入ったのに顔がベタベタだ、だけど彼の気持ちが嬉しくて自分の顔が綻んでいるのがわかった。
「寂しくなったら言えよ、俺がいつでもこうしてやるから」
彼は屈託のない笑みで言った。
素直な彼にそう言われるとなんだか本当にホッとする。
「ありがとうベイル」
僕は頬擦りし返して彼の頭を撫でる。
ベイルは満足げな笑顔で頭を撫でられ尻尾を振っている。
一人は怖い。
思えば僕はあっちの世界で自分自身を殺しながら生きてきた。
孤独に堪えるために何も望まないように、何も願わないように、一切の希望や夢すら持たずに生きてた。
だけど今は違う。
「どしたー?」
僕がぼんやりベイルを眺めていると、彼は優しい笑顔を浮かべた。
「ベイルやみんなが一緒なら、僕は自分らしく生きていけるかもしれないって思ったんだ」
僕がベイルの頬を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を閉じる。
「俺もお前といる時の自分が好きだ、優しい気持ちになれる。お前のお人好しは考えものだけど、それも雄馬らしさなのかもなぁ」
そう言うとベイルは小さくあくびして眠そうな顔をした。
「もう寝ようか」
「おう」
僕はベイルとベッドに入る。
ベイルの頭を撫でていると、彼はうとうととして寝息を立て始めた。
明日は大会の初戦の相手の通知が来る、気になってしまうけど今日はもう早く寝てしまおう。
幸いベイルの寝ている姿を見ていると、なんだか安心して僕も眠くなる。
寝言で僕を呼ぶ彼に招かれるように、僕は夢の中へと落ちていった。




