584回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 382: 道化師スタン
突然拍手が鳴る。
音のする方角を見るとそこには仮面をつけた怪しい道化師がいた。
「人と人が分かり合う光景は素晴らしいですね」
道化師はそう言った。
「誰だ」
ストレードさんはすかさず臨戦体制に入り、フックのロックを解除した。
「おっと失礼、わたくしめはフェルディナンド様の従者。スタンと申します」
そう言ってスタンは恭しくお辞儀した。
「つかぬことを伺いますが、雄馬様。あなたはあの地区の人々に何か違和感のようなものはありませんでしたか?」
どうしてそんなことを聞くんだろう?
でもフェルディナンドの従者って事はフォンターナ派、スモーカーさん側って事だ。
ストレードさんに目配せすると彼はうなづいてみせた、素直に答えたほうがいいみたい。
違和感というと……。
「救い出されていた住民の多数が、ガルドル文字重度汚染者の黒い目をしていたのが気になりました」
「なるほど、やはりそうでしたか」
「どういう事だ?」
ベイルが首を傾げて尋ねると、スタンは彼を見た。
「すでに女王の隠蔽が行われているようです、おそらく皆犯人の顔も印象も何が起きたかすら記憶していないでしょう」
「そんなことがあり得るのか?」
ストレードさんも疑問を呈する。
「はい、ですからご心配なく。ベラさんに咎は及びません。住民達の保護はわたくしめで対処させていただきます」
「それを確認するために来たんですか?」
「ええ、わたくしスモーカー様のお手伝いをさせていただいてますので、全容を把握しておきませんと」
「フォンターナ派が近々動くって事?」
彼からの返答は無言の視線だった、口に出して伝えるのは憚られるという事だろう。
「あなた方に賭けて得た資金によるスモーカー様の施策が女王の想定を超えた効果を出していまして、フォンターナ派に対する支持の声が増えてきたんです。その状況で女王エロイーズが取る手段、お分かりでしょう?」
「強制的にガルドル汚染を進める……」
もしそれが可能なら棄民闘技場が棄獣に襲われたことも説明がつく。
「強制的に汚染を進められた人々は人格を破壊され思考を止め、操り人形として生きるのみになってしまいます。そんな事をすれば貴族達も良い印象を持たないでしょう。それが分かった上で実行し始めたのです、相当焦っているご様子」
実に良くないですねぇ、とそう言いながらスタンは一瞬仮面の下の目を細めて笑った。
「おそらく今大会の決勝戦の後、女王エロイーズはメルクリウスへの全面侵攻を宣言するはずです。時間の猶予はありません、あとはあなた方の活躍にかかっています」
「僕らは剣闘士です、戦う他にやれる事なんて……」
「君ならきっとできますよ、ジョッシュ君」
スタンが口にしたのは僕のこの体のキャラクター名だ、なぜ知ってるんだろう。
「おっとお喋りが過ぎましたね。わたくしはこの後の処理がございますので、みなさまはご帰宅されてごゆるりとお休みください」
それでは、と呟きスタンは深々とお辞儀をする。
足を交差し右手を胸に左腕を左に突き出した形、ボウアンドスクレープと呼ばれる貴族のお辞儀だ。
左手には音叉が握られている。
彼が音叉を手放しそれが地面に落ちると、音叉を中心に空間が波紋で歪み、スタンの姿が消えてしまった。
「今のは?」
「この地にかけられた魔女の魔法の一つだ、同じ形の音叉の置かれた場所に移動できる」
そう言うとストレードさんは踵を返した。
「どこ行くんだ?」
ベイルが聞くと彼は首だけ振り向く。
「邸に戻るに決まってるだろう、スモーカー氏が心配だ」
そう言うと彼はフックを飛ばして、街中を飛ぶ様に邸に戻り始めた。
スタンはああ言っていたがベラを一人で帰らせるのは心配だったので、僕らも三人でスモーカー邸に帰ることにした。




