58回目 思い出代理人
近未来、記憶の消去がサービスとして普及した時代。
嫌な記憶を消してしまいたいが、いざという時に記憶の不整合が起きるのが怖いという層のために、
アンダーグラウンドな界隈では依頼人の記憶を代理で覚えておくサービスを行う人間がいた。
他者の記憶を自らの脳内に保存する事で起きる弊害も多々存在するが、
ある特殊な処置を記憶に施す事で受け皿となる人間の人格に影響のない形で、
他者の記憶を情報として記憶することを可能としていた。
笹垣一真はある日一人の女性と出会う。
彼女と会話しているとどことなく懐かしさを覚え、彼は少しずつ彼女に惹かれていった。
彼女の名は八島玲、彼女の頭の中にも他者の記憶が存在していた。
八島玲の場合は悪徳業者に強要されて、
無理やりろくな処置もしないまま他者の記憶を埋め込まれてしまったという。
彼女自身は自覚はないのだが彼女の行動を見て家族や知人が怪訝そうな顔をする時があり、
そんな時は植えつけられた記憶に自分が書き換えられてしまっているのを感じさせられてつらいのだと彼女は言った。
一真は玲の中の記憶を消去するために彼女に記憶を植え付けた人間に交渉するため、
彼女の脳内の記憶から記憶の元の持ち主を割り出すと、その人物を探した。
記憶の持ち主は奏多穂香という女性だった。
しかしその人物はすでに故人となっており、玲の脳内から記憶を消去しようにも、
元々彼女が器として処理をされずにインプットされてしまった情報だったため、
すでに彼女の人格の一部として組み込まれてしまっており、
元の記憶の持ち主がいなければ記憶の消去自体不可能だということが判明するだけだった。
一真は自分を頼り依存する玲を少し煩わしいと思いはしたものの、
彼の仕事柄彼女のようなケースが辿る末路を知っていたがために彼女の事がほっておけなかった。
いつしか一真と玲は彼の家で共に過ごすことも多くなって、
デートのような逢瀬も時々行うようになっていた。
それを孤独だった一真は心地よく感じ始めていたが、ある時彼は同業者の指摘から自らに疑問を抱く。
もしかすると自分も彼女のように記憶によって自我を侵食されているのかもしれないと。
記憶の代行業者に預けられるのは当人にとっての忌むべき記憶だ、
それがその記憶に由来する知人に対する好意を発露する事から推測されるのは
訳ありの事情であり好ましい状況ではない。
だがそんな考えとは裏腹に二人の距離はどんどん縮まっていく。
ある日一真は自分が記憶の中の風景を現実と錯覚し、
白昼夢のような状態で街中を歩いて車に轢かれかける事件を起こし、
彼を助けるために怪我をした玲を見て彼女を自分から遠ざける必要を痛感する。
一真は玲を遠ざけ、彼女に連絡もせず住居も住居も引き払うと、
朝目が覚める度に見ず知らずの他人の家で目覚め、
白昼夢のような記憶の世界を歩きながら手掛かりを探して、
玲に植え付けられた記憶を消去するため彼に異変を与えた記憶の主の居場所を探し出す。
その記憶の持ち主はある法案の可決を進めている議員の物だった。
その法案の内容は国家存続のために事実上国民の全ての記憶を改ざんしながら管理するといったもので、
彼は自分の中の良い記憶を一真に預け、悪い記憶だけを残して議員としての義務を果たそうとしていた。
奏多穂香は議員の恋人だったのだ。
議員は一真の正体を知ると彼の記憶から自分にとっての不都合な情報を引き出される恐れがあると彼を殺そうとする。
記憶操作によって議員の人格はすでに破たんしていたのだ。
議員の自宅に軟禁されている間、記憶の通りの場所にいるせいか以前より白昼夢の頻度が高くなっていた。
白昼夢で見る会話やメモなどから議員の目論見を阻止するために動く一真、そんな彼を監視する男が一人いた。
一真の中に議員のかつての姿を見た初老の議員秘書山岸は、
議員は間違った事をしようとしている、それを止める手助けする代わりに助けると取引を持ち掛ける。
一真は議員に自分の中の議員の記憶を戻し、玲の中の奏多穂香の記憶を消すために彼女を迎えに行く。
しかしそこで彼が見たのは彼女が奏多穂香として彼女の人生の続きを生きる姿だった。
一真と玲のやり取りを見て山岸はため息をつきながら、
その様子がかつての議員と奏多のやり取りと酷似している事に驚嘆する。
一真は玲に自分の人生を諦めないように説得し議員の元へと向かう。
山岸の計らいにより参考人招致で国会に立った一真は、
議員の所属するグループが行おうとしている法案の真意や、
彼らが裏で根回ししている事実に関して洗いざらいをその場でリークする。
そして議員に自分の中の記憶を戻し、
議員の記憶を利用して玲の中の記憶を消す事に成功する。
議員の記憶が一真の認識を侵食した原因は、
奏多穂香の記憶に侵食された玲に接触した事だった。
二人の関係もその記憶による繋がり、これからは赤の他人同士。そう思っていた。
ある日一真の事務所の秘書募集の求人を見たと一人の女性が彼に会いに来た。
玲は一真に微笑む。
奇妙な出会いではあったけど二人の時間の気持ちを信じたいと彼女は言う、
一真は子供の考えだと否定する。
玲が言葉に困っていると彼は言った。
「それで、面接やるんだろ?」
二ッと一真が彼女を見ると、玲は満面の笑みを浮かべる。
二人の本当の記憶はそこから始まるのだった。




